2019年2月9日土曜日

ボツになった手紙

 詳細は省くが、落ち着きのなさを主訴に受診した子供が通う保育園に対してカチンときたことがあった。ムラムラと芽生えた悪意から、その保育園に思いっきり皮肉を言ってやりたくなり手紙を書いた。10分後には悪意が透けるような文章が完成したのであるが、賢明なスタッフによって保育園にその文章を送るという計画は阻止された。ボツになった文章をここにさらしておく。もしもこの文章を読んでくださる保育者や教師がいて、たかだか診察室でしか子供に接していない医者の勘違いや考えの足りなさを指摘し、批判していただけると本望である。

 物事の認識や行動の仕方で平均的な子供たちとずれのある子供を指導するときには指導者側に思考が必要です。型通りのマニュアル的対応ではなかなか上手く行きません。最低限、以下の点について考えながら試行錯誤していくことが必要ではないかと考えます。保育・教育の素養がない医師が考えたことですから、不十分かもしれません。ぜひ、保育・教育の専門家としてより良い対応を工夫していただきたいと思います。

1)子供の強みと弱み
 日常生活において出来ることと出来ないこと(難しいこと)をきちんと整理する必要があります。弱みを知ることよりも強みを把握することの方がはるかに重要です。「集中できない」などと曖昧な捉え方をするのではなく、「仮定法を含む短めの文章が2つ程度の指示なら聞いて理解できるが、それ以上たくさんのことを言っても理解できない」という風に、出来ることと難しいことを具体的に把握する必要があります。「食事に集中できる」か否かとか「読み聞かせを聞いて楽しめる」か否かという大雑把な捉え方ではなく、「数分間なら椅子に座って食べることが出来る」とか「登場人物が3人以内で5分以内に終わる絵本なら聞いて楽しめる」という風に一つの活動の中をさらに細かく分析する必要があります。そうすることで、「出来ない」と考えていた活動の中でさえ「出来ている」ことがたくさんあることに気付くことができます。

2)何故出来ないのか
 基本的に子供が悪意で振舞うことはほとんどありません。上記1)の分析の結果整理できた弱み、あるいは出来ないことには何らかの理由が必ずあります。まず考えることは子供本人に備わる要因です。例えば、注意を集中できる時間が平均より短い、反射的な行動を抑制する力が平均より弱い、直感的に人の気持ちを理解する力が弱い、知的な理解力が低い、一度に聞き取れる言葉の量が少ない、というようなことです。そして、これらの本人に備わった要因と環境とのミスマッチにより上手く出来ていない状態になったのだと考えます。つまり、現在の環境が本人の特性を許容できていないことに問題があると考えます。本人の行動の仕方をよく観察し、どの様な本人要因があるのか、そして環境の中で子供にあっていないものは何か、ということについて仮説を立てる必要があります。その仮説に基づいて、子供の苦手さを援助する具体的な作戦を考え実行しましょう。上手くいかなければ、仮説を修正したり、新しい仮説を立てて作戦を練り直したりしましょう。

3)指導の目的は何か
 それぞれの活動において何を目的として指導するのかをよく考える必要があります。指導者の計画どおりに子供が振舞うことを目的にしてはいけません。集団での指導に問題なくついてくる子供達であれば個別に目的を設定する必要はないと思います。しかし、指導者の想定についてこられない子供の場合は、それでもその子が何か得るものがあるような目的を個別に設定しなおす必要があります。たとえ集団生活の中で基本的には同じ活動に参加させるのであっても、子供によっては狙いを変え、それに応じて参加の仕方を修正していく必要があります。

4)まず考えることは環境を変えること
 上記2)で説明しましたように、生活の中で上手くいかないことは本人の特性と環境とのミスマッチによって生じます。本人を変えることは別人に変えることに近いので、そうそう出来ることではありません。まず考えるべきことは本人の苦手さを補えるように環境を変えることです。例えば、集中力が弱く長時間人の説明を聞くことが難しい子供に対しては、一度に多くの指示をせず、短く具体的な言葉を選ぶことや、目で見て分かるような補助手段を併用することなどを考える必要があります。
 苦手な部分を補うことと並行して大切なことは強みを伸ばすことです。上記1)の分析をすれば、ほとんどの子供は出来ることがたくさんあることに気が付きます。むしろ、大問題に見えていた出来ないことは子供の生活の中のほんの一部であり、できることが圧倒的に多いことに気づけます。指導者は出来ていることの一つ一つに注目し、それらの成し遂げていることを繰り返し本人に伝える必要があります。そうすることで、すでに出来ていることが一層増え、子供は自信を持てます。(※)
(※)実はこの段落は後付けである。公開前に見直しているときに、とても重要なことを説明し忘れていることに気付いて書き足したのである
5)繰り返す問題行動には、その行動を起こすことによって得る物がある
 注意しても注意しても繰り返す問題行動があるときは、その行動をとることで子供自身が得られる物があります。欲しい物が手に入るとかしたいことが出来るようになる程度のことなら分かりやすいと思います。分かりにくいことが多いのは、嫌なことから逃げられる場合や、人(特に担任など大事な人)からの注目を得られる場合があります。逃げたい嫌な活動とは無関係な騒ぎを起こして逃げ出すことに成功するときは、何から逃げようとしているのかが分かりにくくなります。また、担任から繰り返し叱られている場合、担任からの注目が得る物となっていることがしばしばあります。その場合は、叱れば叱るほど問題行動を繰り返させることにも繋がります。
 以上のように考えると、問題行動への対処はその行動を起こしても得る物がないようにすることだということは考え付きやすいと思います。しかし、それだけではなかなか解決できないことがよくあります。何かを得る必要があるため問題行動を繰り返しているわけですから、合理的な対処で最も重要なことは問題行動を起こさなくても必要なものをその子供が手に入れられる状況を作ることです。例えば、担任の注目を得るために問題行動を繰り返す子供の場合は、問題行動を起こしても担任が注目しないようにすることに加えて、普段そこそこ適切に振舞っているときに繰り返し良い注目を与えることが必要となります。

6)善悪の観点で物を考えない
 保育や教育の場で上手く適応できない子供達の振る舞いは、指導者の目から見ると「よくないこと」になることが多いものです。いけないことや悪いことをした子供として繰り返し注意したり叱ったりすると、解決のチャンスが遠ざかります。倫理的問題と考えず、上で説明したように本人の特性と環境とのミスマッチと考え、環境をどの様に変化させようかと技術的問題として考えることが重要だと思います。

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