2020年3月29日日曜日

料理が先か材料が先か

 特定の料理を作る、例えばペンネアラビアータでも良いし、ナスの煮浸でもよい。ある料理を作るとなると、それに必要な材料や調味料を揃えることになる。その料理を作るための一定以上の水準の食材が必要となる。材料が少し痛んでいるとか、調味料が足りない、という事態があるかもしれない。その時は何か工夫して、目標の料理に近い味にする。それはそれで悪くはないが、あくまで「次善」の料理である。そして、どうしても条件を満たさない材料があれば排除される。
 NHKに「きじまりゅうたの小腹すいてませんか」という番組がある。料理研究家のきじまりゅうたさんが街行く人に声をかけ、その人の家に上がり込んでその場にある食材を見てちょっとした料理を作る。ここでは料理ではなく食材が主人公である。目の前にある食材に備わった特徴を生かすにはどう調理すれば良いか、という思考の結果として何らかの料理が完成する。
 現在の幼稚園、保育園、小中学校は、どのような料理を作るかが先に決まっている中で調理する場所に見える。生徒の多様性を認めるとか障害を伴う子供には合理的配慮をするとか言っても、どのような料理を作るか、つまり目指す目標が一律に決まっている。だから、何らかの意味で平均からずれたところがあるほど、子供達はずいぶん無理をして枠の中に押し込まれることになる。本当は、食材を見て料理を決める、すなわち子供の強みや弱みを見て目標を柔軟に変える学校であってほしいんだけどな。