2016年6月22日水曜日

テーブルに悪態をつく子供はいない

 何かと言えば口を荒らし、反抗し、文句をつけ、思い通りにならなければ泣き喚く子供が少なからずいる。反抗挑戦性障害の診断がつくほどではなくとも、こういう子供の行動に頭を悩ましている親は世の中に大勢いる。明確に親に非のあることに従わないならともかく、親の妥当な指摘や指示には従ってもらわなくては困る。子どもの将来のことを考えれば、少々のことでは引き下がれないと考える親も多いだろう。斯くして親も子どもに対抗して声を荒げていくのであるが、なかなか成果を得られない。
 ところで、繰り返される人間の行動には、繰り返される理由が必ず存在する。その行動をとることで、何らかのメリットがあるのだ。何のメリットもない行動は持続しない。そして、このことを必ずしも本人は自覚していない。というよりも、自覚していないことのほうが多い。口を荒らし、反抗し、泣きわめくこともメリットがあるから繰り返されるのだ。一体何がメリットをもたらすのかといえば、口を荒らし、反抗し、泣きわめく先の相手、つまり親が何らかのメリットを子供に提供しているのである。分かりやすく言えば、子供の行動への親の反応が、そのけしからん行動を繰り返させているのである。もっと具体的に言えば、注意したり叱ったりという親の行動が子供の困った行動を繰り返させているのだ。考えてみて欲しい、テーブルに繰り返し悪態をつく子供はいない。電信柱に対して泣きわめく子供もいない。机も電信柱も何の反応も返さないからである。どんなに悪ガキでも、反応のない相手に問題行動を繰り返すことはない。
 幼児期から小学校低学年くらいの子供が親に繰り返し反抗する場合、そのメカニズムは単純なことが多い。何かしたいことができるとか、欲しいものが手に入ることか、嫌なことから逃れられるといったことである。そしてこれらのどれも手に入らなかったとしても、他に重要なメリットが存在する。それは、親の注目を独占できるということであり、自分の言動によって親の行動が操作されているということである。叱られたからといって、本人は自覚的に喜んでいるわけではない。大概の場合、叱られれば意識の上では不愉快なだけである。しかし、自覚はなくても親に注目されることや自分の言動で親の行動を操作できることは子供にとって絶大な魅力がある。気の利いた方法で親の注目をひきつけられない子供が手っ取り早く確実に親に相手をしてもらえる方法は、親を怒らせることである。ちょっと口を荒らせば効果てきめんに親は自分をかまってくれる。
 このメカニズムを理解すれば、賢明な対応は自ずから明らかである。相手にしなければ良いのだ。口を荒らそうが、反抗しようが、泣き喚こうが、相手にしなければ良いのだ。相手にしなければこういった行動をとることによるメリットはなくなる。このことは昔から、理屈抜きに理解されている。子供が理不尽な行動をとるとき、「相手にして欲しいだけよ」と言いながら無視するという作戦をほとんどの大人は採用している。これは理にかなっているのである。しかし、万人がこの対応を知っているのにもかかわらず、失敗することが多い。やめて欲しい行動を無視するというのは極めて理にかなっているのであるが、この対応を成功させるためには配慮しておくべきことがある。
 まず理解しておかないといけないことは、相手にしないようにするとしばらくは問題行動が一層激しくなることである。「相手にしない」という発想はかなり多くの親が思いつくものであるが、実際に実行しても、しばらくは思惑とは逆に問題行動が増加する。そのままくじけずに相手にしない対応を続行すれば、やがて問題行動は減少する可能性が高いのだが、多くの親は一層激しくなる攻撃にほとほと疲れてしまい、つい譲歩してしまう。相手にしない作戦をとったとき、一過性に事態が悪化することをあらかじめ知っておくことは大事である。
 もう一点、もっと重要なことがある。口を荒らす行動が親の注目を集めるためだからといってもそれを遮断すれば簡単に解決するわけではない。子どもは、本人は意識していなくても親の注目が必要だから困った行動を取っているのである。口を荒らしても必要なものが手に入らなくなったとして、他に手に入れる手段がなければかなり頑固に頑張って同様の行動を繰り返し続ける。親の注目は子供にとって必須のものなのだ。できるだけ速やかに問題行動を減らすためには、問題行動をすることによって手に入れていたものを、他の手段で手に入れられるようにすることが必要になる。一般的に大人は倫理的判断を重視し、「それはすべきではないから、してはいけない」という発想に陥りがちである。しかし、子供の問題行動に対処するときには、その子が必要としているものを満たしてあげる必要があるのだ。つまり、子供が親にとって許容できる振る舞いをしている限りは、親の注目を十分に提供する必要がある。
 ちょっと例え話をしよう。飢えた子供が店先の食物を繰り返し盗むときに何が有効な対策になるだろうか。厳しく罰することだろうか。それだけではなかなか盗みを止めることはない。なぜなら飢えているのだから。食物がなければ生きていけないのだから。対策は簡単で、飢えた子供に十分な食事をさせれば良いのである。満腹の子供はそれ以上食べ物を盗もうとは思わないだろう。繰り返し生じる子供の問題行動への対応も同じことで、その行動を起こすことで手に入れられるものを問題行動を起こしていないときに十分提供しておけば、問題行動を起こす必要性は激減し、減らしやすくなるのである。結論を言えば、繰り返し口を荒らし反抗する子供達には罰するのではなく、必要なものを満たしてあげないといけないのである。