2014年8月2日土曜日

心の理論

https://www.facebook.com/amnesictatsu/posts/787877461230345 (2014/5/4) より転載

僕が大学生だった冬のある日、所属していた部活の部室に行くと半分以上中身のある一升瓶が置いてあった。これはラッキーと思いながらいそいそコップに注ぎ口に含んだところ、何かがおかしい。慌てて吐き出した。その液体は灯油だったのである。アホと言えばアホなエピソードである。しかし、ここには人の行動が何によってもたらされるかが端的に示されている。何故、僕が一升瓶の中の液体を飲むという行動を起こしたかといえば、僕が「その液体は日本酒である、旨い日本酒である」と確信したからである。客観的事実として瓶の中身が素晴らしいものであったからではない。人の行動の根拠はその人の心の状態の中にある。すなわち、人は自分が確信している事や願っている事に基づいて行動するのであり、現実世界の客観的事実を根拠に行動する訳ではない。
 心の状態と行動の密接な関係が理解できていれば、他者の行動を見てその裏にある意図や気持ち(心の状態)を推測できるし、人の心の状態を知る事が出来ればその人の次の行動を予測する事が可能となる。人の心の状態を推測することは複雑な営みである。まず、他人が自分とは違う信念や願いを持っているということを理解できることが大前提である。そして、状況の推移やその場に居合わせる人達の互いの関係性などの文脈をふまえた上で、人の行動、表情、発言を総合的に考慮して、相手の意図、信念、願いなどの心の状態を推測する。そして推測した心の状態を手がかりに、人の次の行動を予測する。このような、他人が自分とは違う信念や願いを持っているということを認識し、人の行動はそれらの信念や願いで説明できることを認識する能力を「心の理論」と呼ぶ。こうやって説明するとややこしいが、多くの人は無意識に、かつ瞬時にこういう作業をやってのける。そのため、人の気持ちを推測する事は誰にでも出来る当たり前の事と思われがちだが、実は上述の様にかなり複雑で高度な作業である。2、3歳の幼児ではこういった能力はまだ発達していない。幼児期を過ぎても「心の理論」が十分に発達しない状態や、後天的に「心の理論」が障害される状態もある。
 「心の理論」という概念が注目される様になったきっかけは、1980年代にバロン=コーエンが自閉症児は「心の理論」が障害されている事を示したことである。自閉症という状態が何故生じるのか。この疑問に認知心理学や神経心理学の立場からの説明が色々されているが、その中で最も多くの人に知られているものは「心の理論」障害仮説だと思う。「心の理論」能力を評価する方法は色々あるが、バロン=コーエンが最初に用いた方法は「誤信念課題」と呼ばれるものであった。これは被験者にまず、人形劇で女の子がビー玉を籠にしまい、続いてその女の子が知らない間に別の人がビー玉を籠から取り出して箱の中にしまったという状況を見せる。そして、その女の子がビー玉で遊ぼうと思った時に籠と箱のどちらを探すか、という問いに答えさせるという課題である。状況の推移から女の子はビー玉が籠の中にあると確信しており(誤信念)、まず籠を探そうとすることを瞬時に判断することが求められる。この課題は、平均的な発達をする子供では4、5歳くらいで通過する。ところが自閉症児では、知的障害がなくても、8歳になっていても、女の子は箱を探すと答えることが多かった。「だって、ビー玉は箱の中にあるから」つまり、自閉症児は心の状態を手がかりに人の行動を予測することに困難さがあるのだ。「心の理論」の障害は、自閉症児の社会での困りどころをかなり良く説明できるため、この考え方は多くの研究者や臨床家に広まることになった。
 レスリーとフリスは「心の理論」を発達させるための基盤として、「メタ表象」能力の重要性を説いている。これは、「認識している」ことや「感じている」ことや「考えている」ことを認識する能力である。心の状態がどうなっているのかを認識する機構である。ここには他人の心の認識だけではなく、自分の心の状態を認識することも含まれている。具体的には、「彼は怒っているな」とか「彼女は好意を持っているな」ということや、「僕は辛い」とか「僕はこのことを喜んでいる」といったことを認識することである。自閉症児では「心の理論」障害があるということは「メタ表象」の弱さもあるということになる。よく自閉症は他者の気持ちが理解しにくい状態と説明されるが、実は自分の気持ちを対象化することも苦手である。そのためか、かなり言語能力が優れた自閉症児でも、「僕は悲しい」、「私は悔しい」、「助けて欲しい」などと自分の気持ちを表現することが苦手な人が多い。
 それにしても、「心の理論」という名称は分かりにくい。何しろ「理論」だから、学者が考えた何かの学説のことの様に思えてしまう。もとの英語は”Theory of mind”である。改めて辞書を引くと、theoryには「理論、学説」という意味の他、「推測、憶測」という訳語も並んでいる。ひょっとしたら、英語圏の人は「心の推測」程度の意味でこの用語を作ったのかもしれない。
 最後に、灯油を口に含むことは止めておいた方が良いことを付け加えておく。飲み込まずにすぐに吐き出し、水で厳重に口を濯いでも、その後一週間以上にわたって灯油の臭いがするという極めて不愉快な状況になる。

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