2014年8月2日土曜日

自閉症と仕事

https://www.facebook.com/amnesictatsu/posts/825559730795451 (2014/7/7) より転載

自閉症スペクトラム(ASD)を有する人達が仕事に就く時に、どの様なことに困るかについて考えてみた。僕の診療対象はほとんど子供なので、実際に体験した事例をまとめた訳ではなく、あくまで考えてみたことである。知的障害を伴うかどうか、感覚過敏がひどいかどうか、二次障害として鬱病や不安障害を発症しているかどうかなど、様々な要因が影響するので、困りどころは人それぞれである。ここでは知的障害のないASDに本来伴いやすい特徴の影響に絞って考える。なお、どの様なことに困るかを考える訳であるから、どうしてもASDの特性のネガティブな影響を縷々述べることになる。しかし、適切な環境で暮らせた時には同じ特性がポジティブな形で生活に影響することも多いということを最初に断っておく。
 まず、人の気持ちを直感的に掴めないことからくるコミュニケーション能力の弱さはASDの基本的特徴であり、これによって生じる問題が当然考えられる。人が何かを期待している時でもそれに気づいて合わせることができなかったり、相手が不愉快に感じる発言をそうとは知らずに言ってしまうことは多いだろう。また、適当に話を合わせて会話を維持することが難しいので、他愛無い雑談ができない。こういった特徴は、特に接客業(営業職を含む)において大変不利になるだろう。しかし、接客業以外なら意外にこのことが問題の発端となることは少ないかもしれない。なぜなら、仕事の場では基本的な規則を守り、それなりの技術や知識を持ち、信頼性の高い結果を出していれば評価されることが多いからである。接客業でさえ、仕事内容によっては愛想はないが信頼できる店員としての評価を得ることができるかもしれない。
 むしろ、コミュニケーションが下手なことが問題になるのは、他の特徴に端を発した問題が生じ、上司や客から叱られたりクレームをかけられた時の対応の中でのことが多そうだ。通常、人は叱ったりクレームをかけたりする時には、相手が神妙な面持ちで謝罪したり反省の言葉を述べることを期待する。ASDを有する人達はそういう「演技」が下手なので、相手の気持ちを逆なでする様な発言(言い逃れに聞こえる釈明やひどく事務的な状況説明など)をしてしまい、より一層自分が不利になるという展開につながりやすい。本来ASD者には正直者が多く、企んでつく嘘は上手ではない。しかし、人から非難され追いつめられた時にはひどく拙い、すぐにばれる嘘をついてしまい、一層問題をこじらせることも有る。コミュニケーションに関連して追加すると、自分が困っていることや辛い思いをしている時に、それを人に説明したり助けを求めたりすることがスムーズに出来ないことも問題になりやすい。物事が上手く行かなかったり、自分が限界に近づいたりしても、相談したり助けを求めたりできぬままに時間が流れ、より一層問題が深刻化しやすい。助けを求めるスキルは、就職に関して礼儀作法以上に身につけておいて欲しい重要なポイントではないかと思う。
 ASDを有する人達は多種類の情報を並行して処理することが苦手である。恐らくはそれが一因となって、重要性や緊急性に基づいた物事の重み付けが上手く出来ない。また、多くの可能性を考慮しながら事前に行動の計画を立てることが難しい。こういった特徴は多くの職場で直接的な困難の原因になりそうである。特に、日々新しい要求や突発事態が生じる職場ではかなり困難の原因になりそうである。「臨機応変に」対応することを期待する向きが世の中には多いが、ASDを伴う人達はまさに臨機応変が難しいのである。きちっと手順が決まっていれば相当高度な作業をこなす人であっても、「臨機応変」が降り掛かるとたちまち調子が崩れるのである。複数の情報を同時に処理することが難しいことや、全体よりも細部に注目しがちな特徴は、不十分な情報のみに基づいて物事を決定してしまうことにも繋がりやすい。「臨機応変」に対応せねばならないとき、ごく一部の情報だけに注目し、しかも、注目した情報それぞれの何が重要で何はこの際無視すれば良いのかといった重み付けが困難であるため、端で見ている時に「今それか?」とビックリしそうになるピントのずれた行動をしがちである。ルーチンの作業であれば非常に適切に処理している人の場合、普段の働きぶりといざという時のとんちんかんな対応のギャップが大きく、周りの人の理解を得難い。それどころか自分が得意としている狭い領域に限っては、驚く程「臨機応変」に高度な問題解決ができる人達もおり、その場合は益々周囲の人に取っては失敗するときの拙さが理解を超えるだろう。
 ある行動をしていたり、あることを考えたり感じたりしている時に、自分がどういう行動をしているか、自分が何を考え感じているか、ということを意識することも苦手である。第三者視点で自分の置かれた状況を把握しづらいのだ。そのため、自分の行動を客観的に振り返りにくく、結果として自分のどういう行動が問題を引き起こしたかを理解しづらい。また、自分の能力を客観的に評価しにくい事から、自分を妙に過小評価したり、過大評価したり、という事も多そうである。
 一度考えついたり認識したりしたことをなかなか変更できないことも、職場で躓く要因になりそうである。一度受けた指示が変更になっても最初の指示にこだわっていたり、人の言葉を誤解して受け止めてしまうとそれがなかなか修正できなかったりする。価値観の拠り所がかなり浅いレベルに有ることもASDの特徴である。このことと、考えを変え難いことが組み合わされて困った事態を引き起こすことが有る。子供であれば一等賞であることのみが価値が有ると思い込んだり、友達の数が多い方が偉いと思い込んだりすることはよく有る。現実社会では、表面的に「良いこと」とされていることの周囲には様々な考え方が成り立っており、そのため人の持つ価値観は多様になるのだが、ASDを有する人々はシンプルな価値基準を身につけやすく、そして一度身につけるとどうしてもそこに拘ってしまうことがよく有る。大学に行くことが偉いという価値観を持ってしまうと、大学へ行くこと以外の進路は考えられなくなるかもしれない。また、大学を卒業すれば、大学卒業者に相応しい職業という自分の思い込みによって職業選択の幅が著しく狭められることが有るかもしれない。上に述べた自分の能力を客観的に評価できない事も加わり、自分の実力以上の進路を選ぶ事も多いかもしれない。
 色々並べたが、一つひとつの特徴は多くの人にとってさほど珍しいものではないと思う。意識して見ていれば、似た様な特徴を持っている人は、日常的によくお目にかかる。ASD者を支援するためには、上司や同僚が自分の直感にそぐわない言動に対して「あり得ない」と考えず、その苦手さをまずは受け入れることが必要だと思う。その上で、有効な支援や助言のあり方を考えることが求められる。ASD者に対してそういう対応が可能な職場は特定の価値観を押し付ける度合いが小さい職場とも言え、ASD以外の多くの人にとっても気持ちよく生産性を上げやすい職場ではないかと考えるが、どうだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿