2026年4月29日水曜日

Response to Intervention/Instruction (RTI)モデル

  特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒を念頭に置いた制度です。必ずしも医療機関での診断を求めるものではありませんが、想定された障害種は医学的な診断概念に基づくものです。学校生活で何か問題があるときは然るべき医療機関を受診し、専門的な評価を受け、そこで出された結論に応じて配慮するという流れが一般的です。しかし、専門的な評価が可能な医療機関は限られており、仮に診断が出るにしても早くても何か月も先、地域によっては1年くらい先になります。その間、意味のある支援を受けることができないまま放置されるのであれば、あまりにも時間を無駄にしていると言えます。とりわけ、学習面で躓いていると、教えられる内容はどんどんレベルが上がっていきますので、仮に診断後に適切な支援を受けることができたとしても遅れを取り戻すことが大変困難になります。このことへの反省に基づいてアメリカで始まった考え方がResponse to Intervention/Instruction (RTI)モデルです(図3)。

 RTIモデルとは、科学的な根拠に基づいた妥当性のある指導を行い、指導に対する反応を踏まえて指導の頻度や内容を変えて行く予防と介入の支援モデルです[1]。通常RTIモデルはすべての児童を対象とする指導を第1層とし、捕捉的な指導を行う第2層、より高レベルの指導を行う第3層で構成されます。アメリカでは、このRTIモデルに基づいた段階的な指導が行われても十分な改善が得られないことを学習障害診断の条件としているそうです。つまり、病院などの特殊な専門機関で特別な検査をした上で診断し、それから支援を開始するのではないのです。必要な支援をさっさと始める義務が学校側にあるのです。そして、アメリカでの目安として、第2層支援の対象が全体の20-30%、第3層支援の対象が5-10%と言われています。

 さて、上に引用した関あゆみ先生の論文によりますと、日本で実践されているRTIモデルによる読字支援の代表的なものは、すでに前節で紹介した「T式ひらがな音読支援」[2]と「多層指導モデルMIM」[3]です。どちらも実績のある良い方法です。特に強調したいことは、いずれもRTIモデルとして作成されていますので、個々の指導やアセスメントの技術のみならず、すべての生徒を対象として読みが苦手そうな子供を抽出し素早く支援するための枠組みを提供しています。「T式ひらがな音読支援」は書籍が安価ですし、第1段階の解読指導に限れば104枚のカードを用意するだけですので準備が簡単です。今まで読字困難児への対応を経験したことがなかった先生にはとっつきやすいかもしれません。MIMは1セットが2万円近いので個人で手をつけるには勇気がいるかもしれません。学校全体で導入される方が良いでしょう。とはいえ、技術的な難易度が高いわけではありません。むしろ、日頃子供達の指導に携わる教師の皆さんであれば取り入れやすい内容だと思いますし、T式に比べて複数の子供を対象に指導しやすいのではないかと思います。T式がまず解読指導、続いて語彙指導、の流れになっているのに対して、MIMは最初から単語単位のまとまり読みも意識された構成になっています。どちらか単独でということではなく、T式とMIMを併用することも可能だと思います。

 RTIモデルでは、すべての子供を対象としていることが重要です。文字の学習に沿って言えば、第1層支援は通常の国語の授業ということになりますが、すでにこの段階で読みの苦手な子供の存在を念頭に置いたプログラムをすべての生徒を対象に施行する場合もあります。MIMではそのような指導方法が用意されています。そして、ある程度学習がなされた段階で全生徒にスクリーニング検査を行い、読字の困難さが疑われる子供を抽出し、補足的な指導を行います。これが第2層支援です。第2層支援がしっかり行われた状況で改善度を評価し、第2層支援のみでは改善が不十分な子供を対象に第3層の濃密な指導を行います。第2層支援を必要とする子供を抽出するためのスクリーニング検査はすべての生徒を対象に行うことが重要です。たまたま教師の目についた子供だけを支援するのではなく、すべての生徒の中から支援が必要な子供をもれなく見つけ出すことが重要なのです。そのために、T式ひらがな音読支援でもMIMでも、短時間にクラス全員の評価が行えるようなスクリーニング検査が用意されています。なお、前節で説明しました解読指導用のフラッシュカードを用いた評価方法は時間がかかりますので、クラス全員のスクリーニングには適していません。本格的にRTIモデルを実施するためには、それぞれの書籍に記載されているスクリーニング法を用いて書いてあるスケジュールに沿って評価を進めることをお薦めします。

 私達の診療場面では、基本的な読字能力、しかも平仮名を読む力が不十分なまま支援を受けることなく学年が上がっている子供がとても多いという印象を持っています。読みが拙いことに気づかれないままに何度も長文を読まされることによってすっかり自信を失ったり読書や勉強をひどく嫌ったりし出した子供達を大勢目にしてきました。RTIモデルの重要性は、すべての生徒を対象に支援が必要な子供を早く見つけ出し、速やかな支援を提供できるという点にあります。この文章を読まれた、特に小学校教師や教育行政に携わる先生方にはぜひ、学校全体あるいは地域全体でのRTIモデルの構築を目指していただけないかと願っています。なお、付け加えておきますが、RTIモデルは読字の指導だけに限られた考え方ではありません。例えば、主として行動の問題への対応としての取り組みとしては学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)[4]というものがあります。参考になさってください。


参考書:

[1]関あゆみ「Response to instruction (RTI) モデルによる読みの支援:米国における縦断研究の動向と日本における取り組み」発達心理学研究 33 (4): 314-324, 2022

[2] 小枝達也、関 あゆみ「T式ひらがな音読支援の理論と実践ーディスレクシアから読みの苦手な子まで」中山書店、3,850円

[3] 梅津亜希子「多層指導モデルMIM読みのアセスメント・指導パッケージ つまずきのある読みを流暢な読みへ」Gakken、19,800円

[4]若林上総、半田 健、田中善大、庭山和貴、大対香奈子「学校全体で取り組む ポジティブ行動支援スタートガイド」ジアース教育新社、2,420円


2026年4月25日土曜日

読字の問題

  この項では基本的な読字能力がどの程度習得できているかについてのアセスメント方法を説明します。最初に強調したいことがあります。それは、「本を読めない子供は文字が読める」ということです。文字を読むことが非常に難しい人のために医学が用意した診断名に発達性読字障害(ディスレクシア)というものがあります。限局性学習症(「学力の特異的発達障害」または「学習障害」ともいう)と呼ばれる概念の中に含まれます。厳密な評価を経て発達性読字障害と診断された人でも、その多くは文字が読めます。中には、ほとんど読めない人がいないではないのですが、それはむしろ珍しい状態です。特に、日本語の仮名文字はアルファベットに比べて文字と音との対応が単純なので、相当読字の下手な人でも仮名文字は一応読めるようになりやすいのです。診断されるレベルの人でさえ読めるのですから、診断されるほどではないけれども文字を読むことが難しい人達(とても多い)は文字が読めます。

 発達性読字障害を含めて文字を読むことが苦手な人達のほとんどは、文字が読めないのではなく読むことにひどく努力が必要なのです。そのような状態では、とりあえず文字を読めても文章の内容が理解しにくくなります。外から見ると、読解力が弱い状態に見えます。しかし、読字能力が低いために文章の内容の理解が難しくなっている子供では、読んで聞かせるとよく理解できます。算数の文章題が極端に苦手な子供の一部は読字能力が低い子達が占めています。このような場合、問題を読んであげれば正解を出すことができます。なんとか内容を理解できる人でも、文字を読むことに苦痛を感じ本嫌いになります。文字はほとんどの学習のベースになっています。したがって、文字を読むことの苦手な人は広く学習することが難しくなります。文字は一応読めているから大丈夫だろうと軽く考えていると、大きな落とし穴が待っていることになります。文字を読むことが下手な子供たちを早く見つけ適切な指導を講じることは、1人の子供の将来を大きく救うことになりますし、子供達全体の学力レベルを改善することにもつながるのではないかと思います。

 読字能力の習得の段階を簡単に説明すると、まず、多くは4歳頃までに文字に興味を持ち、何か言葉を表しているのだという文字の意味に気づくようになります。並行して、言葉が音の単位(音節、母音、子音など)の組み合わせでできていることを認識するようになります。ついで、文字と音との対応関係を習得します。これには二つの段階があります。多くの子供は5歳過ぎから就学頃までに文字と音の変換ルールが定着します。「か」を見れば/ka/と読むことがわかるということです。さらに、8歳頃にかけて文字-音変換の自動化が進むとともに複雑な読み(拗音や促音など)のルールが定着していきます。変換の自動化とは、文字を見たときに全く努力せずに反射的に音が浮かぶようになることです。一通りの変換ルールが定着した8、9歳以降は、1文字ずつ認識するのではなく、語彙単位で読む力(まとまり読み)が伸びていきます。一般的な年齢の目安を書いていますが、これには個人差がかなりあります。もちろん、平仮名が読めるようになることに並行して片仮名の学習や漢字の学習へと広がっていきます。以上のプロセスの中で特に見過ごされやすいのが平仮名読字の自動化が不十分な状態です。このようなレベルでは、一見読めているのですが読むことに努力を要します。そのため、書いてある内容を素早く理解できませんし、文字を読むこと、ひいては書くことが非常に苦痛になります。本節では、文字と音との対応が成立しているかどうかと、平仮名読字の自動化ができているかどうかの段階に絞ったアセスメントについて説明します。

 現在、日本の医療機関で発達性読字障害を念頭に置いた日本語読字能力の評価としてよく用いられている読字能力の評価方法には2種類あります。参考文献の[1]と[2]をご参照ください。いずれもそれほど特殊な技術を要する評価法ではありませんので、学校でも取り入れることはできるとおもおいます。興味のある方は目を通されることをお勧めします。ここでは教科書の音読と平仮名一音表記を印刷したフラッシュカードを用いた評価方法を説明します。

 読字能力評価としてまず確認することは、文章の音読です。教科書の音読なら、授業の中で観察できますので効率が良いと思います。ただ、何度も練習した文章は参考になりません。文章を暗記している可能性があります。初めて目にした文章の読み方を確認することが重要です。学年相当の漢字を読めるかどうかも注目点ですが、それ以前の問題として平仮名読字能力が十分かどうかに注目しましょう。もちろん、読めない平仮名表記があれば間違いなく読字の困難さがあります。そこまでのレベルではない場合に注目すべきことは読みの流暢性です。速く滑らかに読めるかどうかということです。非流暢な読み方で最も典型的なものは、一文字ずつ切って読む逐字読みです。逐字読みほどひどくなくても、単語や文節の途中で区切ってしまうことが多ければそれも非流暢な読み方といえます。非流暢な人は読みのスピードが遅いです。かなりスムーズに読んでいてもスピードが遅いです。流暢性と共に読み誤りの多さにも注目する必要があります。拗音の読み誤り(例:「きゃ」を「きや」と読む)は多いです。文末の読み誤り(例:「作りました」を「作った」と読む)や行飛ばしなどもしばしば見られます。読みの速さと読み誤りの数は反比例します。非流暢な子供が無理して速く読めば、読み誤りが増加します。教科書を1〜2ページ読んでもらうだけで、読字が困難かどうかは大体検討がつきます。


 教科書の音読で読字の困難さが見られたら、平仮名一音表記を印刷したフラッシュカードを用いてより詳細な評価をします。ここで用いるフラッシュカードは小枝達也先生と関あゆみ先生が開発した「T式ひらがな音読支援」[3]の第一段階(解読指導)で使われる物を流用しています。なぜこのフラッシュカードを用いるかというと、単にアセスメントするということだけではなく、アセスメントからそのまま支援に繋げることができるからです。さらに、非常に簡単に取り組めることも利点です。用意するものは、平仮名一音表記を印刷したカードです。平仮名の一音表記は図1に示したように、清音と撥音46文字、濁音と半濁音25文字、拗音・濁拗音・半濁拗音33種類の計104種類です。それぞれの表記を一つずつカードに印刷します。同僚の心理士のアイデアで、私の勤務先ではポケモンカードの大きさにしています。そうすれば、100円ショップで売っているポケモンカード用のスリーブに入れて使えるので、いちいちパウチするより簡単です(図2)。まず、T式ひらがな音読支援の第一段階、解読指導について説明します。できるだけ速く読むように指示してからカードをランダムに見せ、瞬時に読めるカード(A)、読むまでに間が開くまたは読み間違えてすぐに修正したカード(B)、読めないまたは読み間違えるカード(C)に分けていきます。読めないまたは読み間違えるときは考えさせたりせずにすぐに正解を聞かせます。一通り終わったら、BとCのカードだけをまとめてまた読ませます。これを2、3回繰り返すことを毎日実行すれば、多くの子どもは3週間程度で一音表記をかなりスムーズに読み始めます。このカードを読字のアセスメントに用いれば、評価にとどまることなく継ぎ目なく支援に移行できます。なお、読めているのにAとBに分けられることを気にして怒り出す子がしばしばいます。そのため、私の勤務しているクリニックではA、B、Cの3種類ではなく、読めるか読めないかの2種類に分類しています。もちろん、瞬時に読めるかどうかは重要です。ただ、私達は一通り読めるようになるとその後はタイムトライアルに変えて速さを目標にして練習を続けるようにしています。そのため、すべての文字がきっちり読めない段階では速さをそれほど気にしなくても良いと考えています。

 このフラッシュカードを読字能力のアセスメントとして用いる場合は、104枚のカードをランダムに見せて、子供が読めるかどうかを一枚ずつ確認します。教科書がかろうじて読める子供でも、フラッシュカードで一つずつ確認されると読み誤ることが多いです。特に拗音は、文章を読むときには一見読めていても一つずつ見せられると読み誤ったり読めなかったりすることが多いです。教科書の音読がなんとかできている子供では清音を読み誤ることは少ないと思いますが、「め」と「ぬ」や「わ」と「ね」など形の似た文字を読み誤ることがしばしばあります。1年生の1学期や2学期に評価するときは、104枚を一気に見せるのではなく、まずは清音と撥音のみで評価し、全て読める子供にのみ濁音半濁音や拗音のカードを見せるようにした方が嫌な気持ちにさせることがなくて良いかもしれません。一通り間違いなく読める子供では、あらためてできるだけすぐに読むように指示した上で、104枚のカードをリズムよく見せていき、全て読み終えるまでに何秒かかるかを計測します。私達は一応の合格ラインを1分30秒程度に設定しています。さらに10から20秒程度速ければ、平仮名一音表記読字の自動化は十分にできていると考えます。なお、大人なら余裕で1分を切ります。ただし、この方法は、カードを見せる側の熟達度に結果が左右されますので、あまり厳密な評価方法ではないことに注意してください。評価者側の熟達度に関係なく客観的で正確な評価をする必要があるなら、参考書[1]から[3]に記載されている評価方法を参考にしてください。このフラッシュカードを用いた方法は、T式ひらがな音読支援第1段階(解読指導)にスムーズに移行できることがメリットです。

 さて、以上の評価で読めないあるいは読み誤るカードがあるときは、時を無駄にせずにT式ひらがな音読支援の第一段階、解読指導に移行しましょう。すべてのカードを一通り読めていても、104枚全て読むのにかかる時間を測って1分30秒を切れない場合も解読指導を行うことをお薦めします。その際の注意点を記しておきます。清音でさえ読めない文字が多い子供では濁音や拗音は後日に回して、とりあえず清音カードだけで解読指導を始めた方が無難です。何しろ、文字を読むことが苦手な子供は、難しい文字を読まされると一気に意欲が失せたりします。この、T式ひらがな音読支援の解読指導はすることが単純なので実行するのに技術的な難しさはあまりありません。ポイントは、いかに子供に嫌がらせることなく根気よく取り組ませ続けられるか、というところにあります。そのため、読めないカードがとても多い状態では始めない方が良いのです。第2段階まで含めたT式ひらがな音読支援の詳細については参考書[3]を読んでください。一冊3,850円です。個人で購入しても大した額ではありませんし、小学校には必ず購入しておくべき書籍だと思います。この本には、もっと厳密な読字能力の測定法も記載されています。


参考書:

[1] 稲垣真澄(編集代表)、特異的発達障害の臨床診断と治療指針作成に関する研究チーム(編集)「特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン―わかりやすい診断手順と支援の実際―」診断と治療社、4,180円

[2] 宇野 彰「標準読み書きスクリーニング検査: 正確性と流暢性の評価」インテルナ出版、2,860円

[3] 小枝達也、関 あゆみ「T式ひらがな音読支援の理論と実践ーディスレクシアから読みの苦手な子まで」中山書店、3,850円


2026年4月22日水曜日

学習の問題

  この節は「学習の問題」というタイトルにしていますが、子供の学力のアセスメントについて解説しようというわけではありません。発達障害診療をしている医者が小学校の教科学習に関して感じている問題をつらつらと述べようという趣旨です。愚痴をこぼすコーナーです。

 私の外来を発達障害のある小学生が受診するときに2番目か3番目に多い主訴が、「勉強がうまくいかない」というものです。最も多い主訴は集中できない、衝動的、かんしゃく、暴言暴力など行動の問題です。勉強の悩みと同程度に多いのが不登校傾向です。ただ、主訴が行動の問題や不登校傾向であっても、細かく聞き取ればその多くに学習の問題が潜んでいます。つまり、勉強で苦しい思いをしていることが行動の問題や不登校傾向につながっていることが多いのです。そう考えると、勉強の悩みというものは子供の健康な暮らしにとっての大きな脅威であり、なんとか対策を立てるべき問題といえます。

 言うまでもありませんが、医者はその養成課程や実臨床の場で小学生に勉強を教えるということを学んでいません。学習の問題を医者に訴えてもお門違いというものです。しかし、あまりにも訴えが多いので、見て見ぬふりもできません。クリニックのスタッフと一緒に頭を悩ませながら、多少なりとも手助けできることがないかを探るようになりました。その中でいろいろ気づくことがあります。子供が勉強で躓いているとき、教師個人の問題ももちろんあると思うのですが、構造的な問題が大きいのではないかと感じます。つまり、日本の教育行政や教育界の文化に起因する問題が多いのではないかと考えるようになったのです。私が考え付いた小学校の教科指導に関するいくつかの具体的問題点を以下に記していこうと思います。教える内容に関してではなく、主に指導方法やシステムに関する問題です。おそらく構造的問題なので、教師個人には如何ともし難いことが多いかもしれません。ただ、校長や教頭など、リーダーが工夫すればなにかしら現状を変えていけることも多いのではないかと思います。

 まず指摘したいことは、最も基本的なスキルが身に付いていないことが見逃されているということです。私自身の診療経験から考えると、学業不振を主訴とする子供のかなりの割合は文字を読むことが苦手です。教科書を音読してもらうと、たどたどしい。1文字ずつ区切って読む逐次読みの子もいますし、そこまでひどくなくても音節の途中など不自然な部位で途切れがちだったりします。読み誤りや読み飛ばしも頻回に見られます。そのような子の多くは、たとえ一通りの平仮名を一応読めていても、反射的に読めるようになっていません。文字を見て瞬時に読める(自動化すると言います)ようになっていない子供に長文読解や作文を課題として与えると、それは拷問に近い作業になります。仮名文字をスムーズに読むという、読み書きの入り口で躓いたまま学年が上がり、国語が嫌いになっている子供はかなり多いのではないでしょうか。読字に苦労し続けると、いずれは国語のみならず多くの教科で付いていけなくなります。

 低学年のうちに習得すべき最も基本的なことができていないという、平仮名読み問題と類似したこととして、数量概念の理解ができていないままに学年が上がっていく子供も結構いるように感じます。例えば、一桁の加減算で指を使いながら考えている知能は全く正常範囲内の5年生の子の診療をしたことがあります。その子に適当な一桁の数を線分や円で表し、それを参考に別の数に相当する線分や円を描かせると、とんでもない長さや大きさの図を描いてしまいます。かろうじて序数は把握できているようなのですが、基数(集合数)としての数量概念がきちんと身についていないようです。最も基本である数量概念(序数と基数)が十分に理解できていないままだと、早晩算数が理解できなくなるのは目に見えています。平仮名読字の自動化や、数量概念の把握など、「え、そこから?」と言いたくなりそうな入り口で躓いているのに、なんら対策を講じられないままに次々と上のレベルのことを教えられていけば、勉強が辛いもの以外の何者でもなくなることが目に見えています。

 上に述べた、最も基本的なスキルが身に付いていないことが見逃されていることと無関係ではありませんが、学校では学力についての評価がきちんとなされていないように見えます。学力テストをしているではないかと反論したくなる人もいるかもしれません。確かに学力テストも評価の一つと言えます。しかし、これでは不十分です。学力テストは現在教えていることが身についているかどうかをチェックしているにすぎません。子供ごとにどの程度の学力が身についているのかを知るためには、教科ごとの学習内容を就学前の準備段階から中学校卒業後のレベルまで連続的なものとみなし、その中で今現在その子供はどのレベルにあるかを評価できる方法が必要です。学習到達度の評価です。このような評価が当たり前になされていれば、平仮名がスムーズに読めない子供に長文の作文を書かせたり、一桁の数の概念を身につけていない子に二桁三桁の繰り上がり繰り下がりのある計算をさせたりはしないはずです。何年にもわたる「発達」という観点から、一人一人の子供が今どのレベルにあるのかということをきちんと評価する必要があるのではないでしょうか。

 さて、ここまで述べたことを踏まえると自然な結論になりますが、今の小学校の教科指導は個々の子供の理解力や習得できているものを前提としたカリキュラムになっていません。大多数の子供は一斉に同じレベルの内容が教えられています。これは原則として学習指導要領に沿った指導をしないといけないと決められているからであって、教師個人や学校の責任ではありません。とはいえ、このままで良いとも思えません。私は、学習指導要領では各科目の指導順序だけを定め、学年ごとに内容を固定することをやめれば良いのではないかと思います。そして、一人一人にオーダーメイドで教えるのはあまりにも非効率なので、教科ごとに進度の違う複数のクラスを用意し、子供自身の希望も取り入れてクラスを選択させれば良いのではないでしょうか。どうしても一学年の大半の子供に同じ内容を教えることに固執するのであれば、8、9割以上の子供が理解し身につけられる内容に留めるべきです。その場合は、知的能力が高い子供たちに意欲を持たせ続けるにはどうすれば良いかという問題が生じると思いますが。

 効率の良い学び方が子供によって異なることへの配慮が不足しているのではないかということも指摘したいと思います。同じことを学ばせる場合でも、成果の出やすい学び方が子供によって違うことがあります。個人的にとてもよく遭遇する例として、漢字の学習方法を取り上げましょう。おそらく多くの学校では同じ漢字を何度も書かせる方略を採用しているように見えます。しかし、同じ字を何回も書くことがひどく苦痛となる子は少なからず存在します。注意欠如多動症と診断されている子供の多くは単調な繰り返し練習をひどく嫌います。こういう子供はとにかく早く済ませたいがために非常に雑な書きっぷりになります。まず偏だけを上から下へと次々に書き、次いで旁を書いていく、という奇妙な作戦を取る子供も出現します(何を隠そう、私の小学生時代のことです)。とにかく苦痛から早く逃れたくて、じっくりと文字の構造を見ることがありません。何度も書くことで学べる子もいるでしょうが、一つの字をじっくり綺麗に書かせることや、粘土で文字を作らせることの方が文字の形の細部まで意識して身につけられる子もいるかもしれません。文字の構成要素を「タテ タテ ヨコ ヨコ」などと音にして唱えると覚えやすい子もいるかもしれません。今時であればゲームボーイの漢字学習ソフトなら張り切れる子供もいるかもしれません。学習方法の様々な選択肢を提示し、それぞれの子供が自分に合った方法を選択できるようになれば良いのになあと思います。

 さて、最後に粗雑な感想を述べておきます。教科指導に限定された話でもありませんが、今時の小学校はおしなべて子供に高い負荷をかけすぎているのではないかと感じます。「ほどほどにしとけよー」「疲れたら休めよー」という雰囲気があまりにも乏しいのです。一方的に「頑張る」ことに価値を置きすぎています。大人と同様に、子供にもそれぞれのペースがあります。教科学習に限定しても、知的な理解力のレベルだけで物事が決まるわけではありません。褒められながら思いっきり突っ走ることが嬉しい子供もいますし、なかなかエンジンのかからない子供もいます。疑問に感じたことを延々と考え続ける子供もいれば、考え続けることが至って苦手な子供もいます。それぞれの子供のペースが全く考慮されない指導を続けた時、遅かれ早かれ子供は限界に達するでしょう。難しすぎる内容を延々と聞かされ続けることや、分かりきった退屈な内容に取り組まされ続けることも、学習意欲を消失させることは考えるまでもありません。色々な意味でその子供のペースからかけ離れた指導が続くと、苦痛に満ちた時間を耐え忍ぶことになります。高すぎる負荷という表現を使うと、学習内容のレベルが子供にとって高すぎる場合だけを想像しやすいですが、色々な意味で子供にとって不快なあるいは苦痛な状況が続く状態は全て負荷が高すぎると言えます。教科教育の中で過負荷が続くことは学力的な問題を増加させるだけではなく、暴力やかんしゃくなどの行動の問題、不登校や登校渋りにもつながります。小学校生活の中では教科学習の時間が圧倒的に長いのですから、当然のことといえます。

 さて、次節からは最初に取り上げた平仮名読字と数量概念のアセスメントについて説明したいと思います。

2026年4月18日土曜日

自閉スペクトラム症の傾向 3

  本節ではDSM-5-TR[1]に記載された自閉スペクトラム症診断基準B項、すなわち「行動、興味、または活動の限定された反復的な様式」の説明をします。B項はA項よりも読んでわかりやすいのではないかと思います。ここに記載されている行動特徴はどれも、興味や活動の幅の狭さに由来し、繰り返し行動や変化に対する強い抵抗を示しています。

『(1) 常同的または反復的な身体の運動,物の使用,または会話 (例:おもちゃを一列に並べたり物を叩いたりするなどの単調な常同運動,反響言語,独特な言い回し).』

 これは、行動のバリエーションが狭く、反復行動が多いことを示しています。よく知られているのは反響言語です。これには即時型と遅延型があります。即時型反響言語(いわゆる「オウム返し」)は相手の台詞とまったく同じ言葉で返事をすることです(例:「何をしたい?」と質問すると「何をしたい?」と答える)。これを読んでいるあなたも相手の言葉に驚いた時などにオウム返しになることがあると思います。オウム返しを少しでもしたら当てはまるのではなく、繰り返し見られることが肝心です。遅延型反響言語は身の回りの誰かが言っていた台詞やテレビや動画で聞いた台詞などをその場の状況と関係なく突然言い出す現象です。幼児や小児ではアニメの登場人物のセリフや、最近では動画のセリフなどが多いです。反復的な発話もよく見られる特徴です。同じ単語やフレーズを、繰り返し口にします。同じ言葉を繰り返すことに特別具体的な意味はありません。

 自分と相手の立場が逆転した言い間違いをよくします。例えば、「~してあげた」と言うべきときに「~してくれた」と表現したり、「行く」というべき時に「来る」と言ったりします。幼児期には、「いってきます」と「いってらっしゃい」が逆になったり「おかえり」と「ただいま」が反対になっていたりします。英語圏では"I"と'you"が逆になることがよく記載されています。しかし、日本語では主語を明確に言わないことが多いので、一人称の逆転にお目にかかることはほとんどありません。年齢よりも大人っぽい言葉遣いをすることや過剰に丁寧な敬語を用いることが目立つ子供もいます。こういった特徴は知能の高い例に多く見られます。ただ、大人びた物言いや難しい言葉を好むものの、その意味を正確に理解できていないことも多いです。

 繰り返し行動(常同行動)の多さも(1)に該当します。幼児期にはおもちゃやミニカーなど、物をきれいに一列に並べることを繰り返すことが多く見られます。積み木などをひたすら積み上げることを繰り返す子供もいます。くるくる回り続ける、ぴょんぴょん跳び続ける、手をひらひらさせる、椅子の上で上体を前後にゆすり続ける、ともすればつま先歩きをするなどの常同的な身体運動は知的発達症(知的障害)を併存する例に多く見られます。ただ、知能に問題がない成人でも、自分の部屋など1人になると常同行動が生じることがあります。

『(2) 同一性への固執,習慣への頑ななこだわり,または言語的,非言語的な儀式的行動様式 (例:小さな変化に対する極度の苦痛,移行することの困難さ,柔軟性に欠ける思考様式,儀式のような挨拶の習慣,毎日同じ道順をたどったり,同じ食物を食べたりすることへの要求)』

 これは、自分を取り巻く環境や自分自身の行動の変化を嫌い避けようとする傾向です。慣れない場所、人、活動では不安になりやすいという漠然とした状況もよく見られますが、より明瞭で人目を引く行動として現れることが多いです。例えば、自分が着る服、食べるもの、自分のみならず他者の食器や座席などを決めてしまい、それらが変るとひどく嫌がる子供がいます。物事の手順や道順にこだわり、変えることを拒んだりします。

 予定の急な変更や普段と違う特別な行事で落ち着かなくなったり不安が強くなったりしやすいことが多いです。学校園での活動がいつもと違う教室になったり、普段はいない別のクラスの子供が同じ場にいたりすると動けなくなる子供もいます。多くの子供では活動の切り替えが苦手です。遊んでいるときに別のことをさせようとしてもなかなか切り替えられません。

 同じ質問をなん度も繰り返すことがあります。これは、しつこく要求を繰り返すこととは区別する必要があります。しつこく要求を繰り返すことは自閉スペクトラム症ではなくても、例えば注意欠如多動症の子供でもよく見られることです。繰り返す質問に対して、いつも同じ返答を要求することもあります。質問を繰り返す時、その内容はさまざまですが、予定に関連した質問が多いです(例:「今日、何時に〇〇へ行くの?」と何度も繰り返す)。

『(3) 強度または対象において異常なほど,きわめて限定され執着する興味 (例:一般的ではない対象への強い愛着または没頭,過剰に限局したまたは固執した興味)』

 (3)は特定の対象に極端に強い興味を注ぎ没頭する様子を示しています。また、興味の注ぎ方の程度の過剰さだけではなく、興味をそそぐ対象がその年齢や立場からは想像できない奇妙なものである場合も含みます。ミニカーやゲームなどは定型発達児でもしばしば好みますので、その程度の過剰さに注目する必要があります。質の異常さとはその年齢の子供が普通興味を持たないようなことに強い興味を抱くことです。例えば3、4歳の子供が天気予報やニュース解説を楽しみにしているような状況です。文字、数字、記号、道路標識などに強い興味を示すことも多いです。何かに強い興味を抱くことと裏表の関係にありますが、同年齢の子供の間で大いに流行っていることに全く興味を示さないことがよくあります。いわゆる、流行に疎い状態です。

 紐や棒をくるくる回し続けることや扇風機の羽を回し続けるといった単純な動きへの興味は知的発達症の強い例に多く見られます。単純な動きや音を出すことへの興味などは下で説明する感覚刺激への特殊な反応に入れるべきかどうか迷うことが多いです。

 知的発達症のない子供では、幼児期には単純なものに熱中していたとしても年齢が上がるにつれてある程度知的な活動であることが多くなります。例えば、昆虫に熱中する場合に昆虫の人形を集める一方で図鑑を繰り返し読み学名まで覚えるとか、電車に熱中する場合は時刻表を丹念に読み電車の形式名を全て覚え1つの駅から別の駅へ行く方法を熟知する、というようなことです。言うなれば、〇〇博士と呼びたくなるくらいにマニアックな知識を持っているのです。

『(4) 感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ,または環境の感覚的側面に対する並外れた興味 (例:痛みや温度に無関心のように見える,特定の音または触感に逆の反応をする,対象を過度に嗅いだり触れたりする,光または動きを見ることに熱中する)』

 感覚刺激への特殊な反応は、強い痛みや暑さ寒さに鈍感である一方で些細な感覚刺激にも妙に敏感であるなど、感覚の過敏性と鈍感さが混在していることが典型的です。また、感覚刺激の限られた側面に熱中することもありますし(例:キラキラ光るものを見つめ続ける)、感覚過敏と表現されることが多いですが特定の感覚刺激をひどく不快に感じることもあります。一般的には不快刺激にはとられない音や、不快であっても程度が軽いと思われている音をひどく嫌うことがよくあります。運動会のピストルの音、大勢の子供達の歌声やざわめき、ドライヤーや掃除機の音、などが嫌な音としてよくあがるものです。

 感覚的な特徴の中でも、強い偏食を示すことは特に多いです。料理や食材へのイメージがよくなると食べられるようになるものもあります。しかし、強い嫌悪感を引き起こすこともありますので、食べることを強要してはいけません。臭いに過敏な子供も多いです。手に取ったものはなんでも匂いを嗅いでみる程度ならあまり困りません。しかし、日常的な臭いに強い嫌悪感を感じるようになると、そのことで生活が制限されることがあります。

 視覚に関連した症状としては横目使いが多い、特定のもの(例:水の流れ、ファンなど回転するもの)を見かけるといつもじっと見つめてしまう、不思議なくらいに眩しがりやすい、といった様子が観察されることがしばしばあります。

 触覚に関連しては、特定の手触りや肌触りにこだわり繰り返し触る、特定の手触りや肌触りを嫌い触れない、体の特定の部位あるいは体中どこでも人から触られることをひどく嫌がる、などの症状がしばしば見られます。手を繋ぐことを嫌う幼児では、感覚の過敏性によるものか自由を制限されることを嫌っていることによるのかを区別する必要があります。衣服の材質や裾や袖の長さにこだわることや、衣服が水に濡れることを嫌がることなどもしばしば見られます。

 以上のように、さまざまな感覚刺激に対して特殊な反応が見られることがあります。何気なく見ているだけでは気づかないことも多いので、「感覚の問題があるかもしれない」と意識して日常の様子を確認する必要があります。感覚の問題はかなり生活の支障になることがあります。音楽など特定の授業や活動をひどく嫌っている原因が聴覚過敏であったとか、臭いが耐えられず給食の時間を嫌う、などということもよくあります。不登校につながることもありますので、甘く見てはいけない特徴です。

 B項の背景には思考の柔軟性の乏しさがあります。一度抱いた考えを切り替えることが難しので、見当はずれの確信を長く抱き続けることにつながりやすいです。


参考書:

[1]APA、日本精神神経学会、他「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院、23,100円

2026年4月15日水曜日

自閉スペクトラム症の傾向 2

  本節ではDSM-5-TR[1]に記載された自閉スペクトラム症診断基準のA項、すなわち「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥」について説明します。A項では広い意味での人とのやりとりに見られる問題を扱っています。子供の行動を実際に観察するときに、(1)から(3)のどれに当てはまるかを判断することは難しいことが多いです。そのような時は行動を杓子定規に下位項目のどれかに無理に分類するよりも、複数の項目に該当すると考えた方が良いのではないかと思います。診断することが目的ではなく、子供の行動の特徴を把握することが目的ですから、気楽に考えましょう。

『(1) 相互の対人的‐情緒的関係の欠落で,例えば,対人的に異常な近づき方や通常の会話のやり取りのできないことといったものから,興味,情動,または感情を共有することの少なさ,社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ.』

 相互の対人的-情緒的関係の欠落とは、他者とかかわり考えや感情を共有する能力の問題を意味します。見た目にはかなり異なった状態が当てはまります。他者への関心を欠き、ほとんど関わろうとしない子供がいます。人への関心はあるし人からの関わりを拒絶することもありませんが、自分からは積極的に人に関わろうとしない子供もいます。また、一見社交的にさえ見えるのですが、相手の心情にお構いなしに一方的に関わろうとし相手との距離が近くなりやすい子供もいます。これらの全く見かけの違う行動がすべて(1)に該当します。また、人の体を道具のように使おうとすることや(クレーン現象)、自分がしている活動に手助けが必要なときにだけ人に関わろうとすることも(1)に該当する振る舞いです。

 自閉スペクトラム症と診断される子供達では言葉の遅れによって問題に初めて気付かれる例は多いです。しかし、言葉の遅れ自体は自閉スペクトラム症の特徴ではありません。(1)に該当する言葉や会話の特徴があります。例えば、自分から話題を振ることが少なく自発的に話しかけるときは要求や質問などの事務的用件が中心の場合があります。他者からの声掛けへの反応が乏しいことや、他者との会話が続きにくいこともよくあります。逆に、とてもよく喋るのですが相手の反応にお構い無しに一方的に話すことが目立つ場合もあります。話にまとまりがなく話題がどんどん拡散することや急に変わることが多く、質問に対して関係ないことを返事するなど話が噛み合いにくいことも多いです。それなりに会話が成立していても、相手の言葉の裏の気持ちに気付いていないことがよくあります。相手や状況に応じて話し方や態度を変えることが難しいです。例えば、友達には許されるような無作法な物言いを目上の人にしてしまう人や、逆に友達に対しても敬語を使って過剰に丁寧に喋る人もいます。他者の会話に途中から参加することが難しいことも多いです。入るタイミングを掴めず、入って来れない場合もありますし、それまで話されていた会話内容と関係のない話題で強引に入ろうとしたりもします。

 他の人と興味や情動を共有できないことも(1)に該当します。例えば、友達とハイタッチしながら一緒に喜んだり、相手と頷き合いながら不平不満を口にしたりするような、他者と同調しながら感情表現をすることが少ないです。

『(2) 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥,例えば,統合の悪い言語的と非言語的コミュニケーションから,視線を合わせることとと身振りの異常,または身振りの理解やその使用の欠陥,顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥に及ぶ.』

 非言語的コミュニケーションの問題に該当する有名な特徴は、視線が合いにくいことです。昔から自閉症の子供は目が合わないということが強調されがちですが、目が合う自閉スペクトラム症児も珍しくありません。前節でも述べましたが、一つの特徴の有無だけで判断しないようにしましょう。表情の乏しさについては、怒りや喜びの表情を全く示さないことはほとんどありませんが、状況に応じたこまめな表情変化に乏しく微妙なニュアンスを示すことが難しいことは多いです。また、他者に何かを伝えるために表情やジェスチャーを用いることが少ないです。話している言葉の内容やその場の状況にそぐわない表情をしているため奇妙な印象を与えることもあります。他者の表情や身振りの理解でも、単純な怒りや喜びの表現さえわからない子供は少ないです。特に、親や教師が怒っている表情に気づかないことは稀です。その一方で、微妙な表現を読み取れていないことは多いです。また、相手に注意を払っているときはある程度他者の表情や身振りの意味に気がつけても、他者の様子に関心を示さないために人の感情に気づきにくいこともよくあります。

 同じ対象に他者と一緒に注目する行動を共同注意行動といいます。共同注意行動の乏しさも(2)に該当します。自分が興味を持ったものを人にも示そうすることの少なさや、幼児では指差しすることの乏しさが見られやすいです。人の指差しや視線を追うことが下手なことも多いです。幼児期後半から学童期でも自分が描いたものや作ったものを家族に見せようとすることは多くの子供に共通して見られますが、自閉スペクトラム症を伴う子供では自分一人で楽しみ人に示すことなく終わることがよくあります。

 自閉スペクトラム症の子供が話すとき、韻律(prosody;音程、抑揚、速さ、リズム、あるいはアクセント)が奇妙なことがしばしばあります。早口で抑揚が平板なことが典型的です。平叙文を話す時に疑問文のように語尾を挙げることもしばしばあります。逆に、成人では堂々として、大きく抑揚をつけた芝居がかった話し方をする人もときにいます。

 私の個人的印象ですが、保護者は長年生活を共にしているためか、非言語的コミュニケーション行動の特徴に気づきにくいようです。保育者や教師の皆さんは集団の中での本人の行動を客観的立場から見ているので、気付ける特徴は多いのではないでしょうか。

『(3) 人間関係を発展させ,維持し,それを理解することの欠陥で,例えば,さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから,想像遊びを他者と一緒にしたり友人を作ることの困難さ,または仲間に対する興味の欠如に及ぶ.』

 人間関係を発展させ維持しそれを理解することの欠陥とは、学校園では主に他の子供への関心が欠けているか乏しい様、あるいは通常とはずれた交友の仕方を意味します。一般に、年齢が低いほど交友関係を築くことに無関心であることが多く、就学後は学年が上がるほど交友関係に関心を示しますがその試みがうまくいかないことが多いです。平均的な子供が同年代の子供に関心を示し始めるのは1、2歳くらいですが、自閉スペクトラム症を伴う子供では程度が軽くても3、4歳になって初めて他の子供に興味を示しだすことはよくあります。同年代の子供よりもずっと年上の子供や大人との方がうまく付き合えることや、専ら年下の子供と遊びたがることがよくあります。小学生になっても他の子供への興味が乏しい子供はよくいますが、その一方で、学年が上がるにつれて他の子供に強い興味を示し一方的に関わろうとすることもよく見られる振る舞いです。

 集団の場で常に孤立している例もありますが、そこまで際立った状態の子供はそれほど多くありません。ほとんどの子供は遅かれ早かれ幼児期のうちに他の子供と遊ぶようになります。ただ、友達と一緒に遊んでいるように見えてもただついて回りそばにいるだけの場合があります。また、ごく軽度の障害では短期的には一緒に遊べていても相手が誰でもかまわないように見え、次々別の子供と遊ぶため、親密な友達ができないことがあります。また、幼児期には一見普通の友達づきあいができているのですが、小学校に入学し学年が上がるにつれ交友関係の問題が明確になることもあります。

 一人遊びが多いということは非常によく見られる現象です。ただ、積極的に一人を好み人が関わってくることを嫌っている場合と、他の子供に興味はあるもののどう関われば良いのかわからず結果として一人で過ごしていることが多い場合があります。また、一対一など少人数なら結構遊べますが、集団での遊びが苦手な子供も多いです。

 一方的な思い込みの「友達」がいることがあります。単に話しかけてもらえることがあるというだけで、友人と思い込むことがありますし、相手に利用されているだけのこともありますし(例:お小遣いが手に入るとすぐに同級生におごってしまうので、そのときには一緒にいてくれる)、いじめられている場合さえあります。

 集団の中で場の雰囲気や空気が読めていないことがよくあります。そのためみんなが悲しそうにしているときにはしゃいでいたり、みんなが盛り上がっているときにそっぽを向いていたりします。遊びの中で周りの子供達が何を望んでいるのかピンとこず、自分が考えるルールややり方を強引に主張しすぎることも珍しくありません。

 これは小学校高学年以降に目立ちやすいのですが、言葉を字義通りに理解する傾向が強く冗談を真に受けることや比喩や皮肉がわからないことが多いです。ただし、定型発達児でも小学校低学年くらいまでは皮肉を理解することは難しいです。余談ですが、私は自閉スペクトラム症が疑われる子供の保護者から診断基準に沿った聞き取りをする際に、「冗談を真に受けやすいとか冗談が通じないという印象がありますか?」と尋ねると、「冗談を言ったことがないから」と戸惑う親御さんをよく目にします。若い頃はこの言葉が信じられませんでした。なにしろ、私の両親は関西人で、話題に詰まればとりあえず冗談を言うような人達でした。だから、冗談を言ったことがない人がこの世にいるとは信じられなかったのです。でも、あまりにも多くの親御さんが同様のことをおっしゃるので、あまり冗談を言わない人は多いのだなとだいぶ歳を食ってから認識するようになりました。相手や状況に応じて言葉遣いや態度を使い分けることが難しいことも多いです。目上の人に友達のような話し方をしたり、逆に同級生に敬語で話したりします。


 A項は社会性の問題を表しています。しかし、対人関係で失敗しがちであることを全て自閉スペクトラム症の特徴と解釈しないように注意してください。自閉スペクトラム症の社会性の問題は人の気持ちを直感的に読めていないことや、積極的に人に関わろうとせず人からの関わりに応じにくいことから生じます。積極的な悪意や衝動性によってもたらされる対人関係の問題は自閉スペクトラム症の本質ではありません。


参考書:

[1]APA、日本精神神経学会、他「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院、23,100円

「学校園でできるアセスメント」:目次


2026年4月11日土曜日

自閉スペクトラム症の傾向 1

  自閉スペクトラム症の傾向のアセスメントについても、基本的には注意欠如多動症の傾向と同様の考え方で進めることができます。自閉スペクトラム症でも、現在最も多用される診断基準はDSM-5-TR[1]に掲載されたものです。DSM-5-TRの診断基準では、自閉スペクトラム症は2つの基本的特徴で構成されます。それぞれA項とB項に整理されており、A項は「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥」、B項は「行動、興味、または活動の限定された反復的な様式」です。前者には(1)から(3)までの3項目、後者には(1)から(4)までの4項目の具体的な症状が記載されており、注意欠如多動症の時と同様にそれぞれに当てはまるかどうかを検討すれば良いのです。ただ、注意欠如多動症の診断基準の症状項目の記載はかなり具体的で言葉通り読めばおおよそイメージできるものですが、それに比べて自閉スペクトラム症の診断基準の症状項目の表現はかなり曖昧です。見た目にはかなり異なる状況が、同じ症状項目に該当します。そのため、具体的にはどのような行動が各症状項目に当てはまるのかを予め知っていないとその項目に当てはまるかどうかの判断が難しいと思います。各症状項目が具体的にはどのような行動を想定しているのか、次節以降に順次解説したいと思います。次節以降の文中、『』内はDSM-5-TRの自閉スペクトラム症診断基準からの引用です。

 対象となる子供のアセスメントにおいては、日常生活全般を思い浮かべながら個々の項目に該当するかどうかを考えていきます。特にA項は対人関係の問題なのですが、平常のごく落ち着いた状況で観察できる特徴かどうかを意識する必要があります。強い不安に駆られているときや、怒っている状態などでは他者との関わりに失敗することがよくあります。このような状況での他者への関わりの失敗だけを取り上げてA項の症状項目に当てはめない方が良いと思います。注意欠如多動症のある子供でも、その不注意さや衝動性によって他者の気持ちに気づかないことがよくあります。個々の事例では判断が難しいことも多いのですが、できるだけ自閉スペクトラム症による行動特徴と区別する意識を持っておくのが良いでしょう。

 一つの症状項目に含まれる振る舞い方には様々なものがあります。一つの行動が見られるだけで、ある子供について特定の症状項目に該当すると判断しないようにしましょう。日常生活の複数の状況下で特定の症状項目に当てはまる振る舞い方が複数見られるときにその項目が該当すると考えてください。

 医師が厳密に評価し自閉スペクトラム症と診断するときには、現在だけではなく過去に症状項目に当てはまる特徴があったかどうかも考慮します。しかし、学校園の先生方のアセスメントの目的は診断することではありませんから、先生方が見ることのできる範囲内で評価すれば良いと思います。注意欠如多動症傾向のアセスメントと同様に「異常」か「正常」か、という観点にこだわらないようにしましょう。あくまで同年齢の子ども集団の中で目立つかどうか、気になるかどうかというご自分の主観に沿って評価していただければ良いと思います。

参考書:

[1]APA、日本精神神経学会、他「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院、23,100円

「学校園でできるアセスメント」:目次


2026年4月8日水曜日

注意欠如多動症の傾向 3:多動-衝動性

  本節では、DSM-5-TR[1]の注意欠如多動症診断基準の中の(2)多動-衝動性の症状項目を見ていきましょう。多動-衝動性症状9項目のうち、最初の6項目は主として多動を、残り3項目は衝動性を表す行動です。ただ、厳密には区別しにくいと思います。a)から(i)までの全9項目のうち、日常の様子を念頭に置いて当てはまる数が多いほど多動-衝動性の強い子と判断できます。『』内はDSM-5-TRの注意欠如多動症診断基準の(2)多動-衝動性からの引用です。

『(a) しばしば手足をそわそわと動かしたりトントン叩いたりする,またはいすの上でもじもじする.』

 多動は目につく特徴なので、迷うことはあまりないと思います。ただ、普段と違う緊張する場面では目立たなくなる子供もいるので、病院の診察室では目立たないことはよくあります。学校や保育所幼稚園などは日常の様子を見ることができる場なので、最も判断しやすいと思います。ただ、不安が極端に強い子供や場面緘黙の子供では、学校園で(特に厳しい担任の先生がいるときは)多動が目立たないこともあります。

『(b) 席についていることが求められる場面でしばしば席を離れる (例:教室,職場,他の作業場所で,またはそこにとどまることを要求される他の場面で,自分の場所を離れる).』

 幼稚園や保育所では、みんなで集まって先生の話を聞いているときや紙芝居の時間に席を立ったり歩いたりする姿がよくみられます。小学校では授業中に立ち歩くことになりますが、しばしば目にするのはせいぜい低学年までではないでしょうか。高学年になれば学級崩壊のような特殊な状況でなければ授業中に立ち歩く姿は滅多にみられないと思います。座っていないといけない状況で立ち歩く子がいるとき、単なる多動傾向の表れの場合もあるのですが、その場で与えられている課題が難しすぎることや苦痛を与える嫌悪刺激になっていることが多いです。立ち歩く子供にとって適切な活動が用意されているのかどうかを検討しなおした方が良いでしょう。

『(c) 不適切な状況でしばしば走り回ったり高い所へ登ったりする (注:青年または成人では,落着かない感じのみに限られるかも知れない).』

 保育所や幼稚園では保育室の中、学校の廊下、皆が整列している運動場などで走り回っている状況です。また、生垣の上や塀に登ったり飛び降りたりと、何かと高いところへ行こうとしがちです。このような派手な動きは授業や活動への強い不適応状態になっていなければ小学校の高学年に向けて減ってくることが普通です。ただ、(c)の記述にあるように思春期になれば見た目の動きではなく主観も取り上げていますので、本人に質問しないと気づかないことがあります。

『(d) 静かに遊んだり余暇活動につくことがしばしばできない.』

 (d)は、何をしていてもにぎやかでうるさい様を表しています。しきりに喋ったり歌ったり、物をひっくり返したり叩いたり、何かに黙々と取り組む様子がほとんど見られない状態です。1人でも賑やかですが、しばしば他の子供も巻き込んでしまいます。

『(e) しばしば"じっとしていない",またはまるで"エンジンで動かされているように"行動する (例:レストランや会議に長時間とどまることができないかまたは不快に感じる;他の人達には,落ち着かないとか,一緒にいることが困難と感じられるかもしれない).』

 これは、間を開けることなく次々と何かをしており、休む暇もない様子を指しています。取り立ててすることがない時でも、あたりをうろうろと歩き回っていたりします。いわゆる「忙しい」状態です。ただし、このような姿は自由なときに見られやすいです。小学校の授業中のように、ある程度強く統制されている状況では、単にぼんやりとしていることの方が目立つかもしれません。

『(f) しばしばしゃべりすぎる.』

 文字通り喋りすぎる状態です。思いついたことは喋らずにいられないという衝動性との区別は難しいのですが、次から次へと話したいことが頭の中に湧いてくるという感じです。自閉スペクトラム症の子供でも相手の都合にお構いなく喋り続けることの多い子供がいます。自閉スペクトラム症傾向のない注意欠如多動症の子供では、話す内容がどんどん変わっていくことは少ないですし、喋りながらも相手と噛み合ったやり取りができることが普通です。

『(g) しばしば質問が終わる前に出し抜いて答え始めてしまう (例:他の人たちの言葉の続きを言ってしまう;会話で自分の番を待つことができない).』

 (g)は人の話が終わるのが待ちきれず、頭に浮かんだことをつい喋り出してしまう状態です。相手が言い終わる前に答え出すことや、相手が一瞬言い淀むとすぐに「〇〇と言いたいの?」などと先取りしようとすることが多いです。会話の相手が話している番なのに、それを遮って喋り出すことがしばしばあります。指示を最後まで聞かずに動き出すことも多いです。思いついたことをすぐに行動に移してしまうことだと考えれば、気になったものはすぐに触ろうとすることや、興味を持った対象に向かって走り出すようなことも(g)に含まれると思います。

『(h) しばしば自分の順番を待つことが困難である (例:列に並んでいる時).』

 とにかく待つことが難しい状態です。並ばないといけない状況で順番を抜かすこともありますし、順番を抜かしてはいけないとしっかり認識してはいるものの待つことが嫌でその場から逃げ出したりすることもあります。

 なお、(g)と(h)は待つことが難しいという共通の特性を反映しており、特定の行動をどちらに当てはめれば良いのか判断に困ることが多いです。そのようなときはあまり真剣に悩まず、エイヤッ!と決めれば良いと思います。

『(i) しばしば他人を妨害し,邪魔する (例:会話,ゲーム,または活動に干渉する;相手に聞かずにまたは許可を得ずに他人の物を使い始めるかもしれない;青年または成人では,他人のしていることに口出ししたり,横取りすることがあるかもしれない).』

 衝動性のある子供は人の活動から影響を受けやすいです。ただ単に気が散ってしまうことも多いのですが、気になった他者の活動に干渉してしまうことも多いです。単純に友好的に参加しようとするのならまだ良いのですが、相手が使っていた物を自分が使おうとしたり、相手の活動を悪く言ったり、明らかに相手の邪魔をしようとしたりもします。当然、相手からすれば邪魔で鬱陶しい状況ですから、喧嘩に発展することも多いです。

 多動-衝動性は小学校高学年に近付くほど目立たなくなることが普通です。ただ、(c)で説明しましたように、年齢が上がっても主観の中でじっとできない気持ちが生じやすいことはあります。また、(f)の喋りすぎることや、(g)の人が話している最中に話し始めることは結構大人になるまで見られることが多い印象が私にはあります。

 衝動性に関して補足しておきます。衝動性が激しいかんしゃくにつながったり、些細なことで他者に手が出ることにつながったりもします。ただ、激しい感情爆発やしつこく他者を攻撃する行動は注意欠如多動症の傾向としての衝動性とは分けて考えた方がよさそうです。注意欠如多動症に見られる典型的な衝動性には、常時見られる、大きなエネルギーを必要としない些細な行動、原則として短時間の行動、という特徴があり、加えて他者に対する怒りや敵意を伴わないことが原則です。

 余談ですが、激しく長時間持続するかんしゃくや、他者に対する暴言暴力が注意欠如多動症や自閉スペクトラム症に伴う頻度が高いことは事実です。しかし、かんしゃくや他者への攻撃性は注意欠如多動症や自閉スペクトラム症の基本的特徴ではありません。就学年齢前後以降に見られる激しいかんしゃくや攻撃性は、不適切な環境で暮らす中で生じた二次的に生じた問題と考えた方が良いということを知っておいてください。

参考書:

[1]APA、日本精神神経学会、他「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院、23,100円

「学校園でできるアセスメント」:目次