片付けがとても苦手で、忘れ物も多いし、面倒臭くてメモも取れない子供がよくいます(大人も多いですが)。何度もなんども先生が注意したり叱ったりするのですが、一向に改善の兆しがありません。僕の外来にはこういうタイプの子供がよく受診します。何度も叱られたり注意されたりしても失敗を繰り返すのですから、叱ることの成果はありません。授業に必要なものを無くしたり忘れたりしますから、様々な学習で不利になります。対策を立てずに放置すれば、学校生活に大きく躓いていくのが目に見えています。それを防ぐためにはこまめに指示を出してあげたり、必要な手順を表にして机に置いてあげたり、あるいは忘れたものは学校の備品を貸してあげるなりして、苦手なことで躓きっぱなしになることを避け、本来自分が持っている能力を十分に発揮できるようにしてあげる方が良いのではないかと思います。僕は、必要な援助をしてもらえるように学校の先生にお願いすることを保護者にお勧めしています。しかし、実際に保護者が先生に相談するとしばしば返ってくる返事が「このままでは将来困るから、手助けをしない方が良いです」というものです。
「このままでは将来困るから」という台詞はとてもよく耳にする言葉です。片付けができず忘れ物が多い子供がいても「このままでは将来困るから」手伝うことなくお説教をして改善させようとします。何かといえば口を荒らす子供には、「このままでは将来困るから」悪い言葉遣いをするたびに逐一叱ろうとします。この種のエピソードにはほぼ例外なく共通する問題があります。「このままでは将来困るから」という意見に問題はありません。確かに困る可能性が高いです。それならば、少しでも将来が明るくなるように変化をもたらす方策を探る必要があります。ところが、このような台詞を口にする先生方は得てして対応を変えようとしません。今まで散々注意したりお説教したりしてきたのに改善が見られないのです。このような対応では解決しないということを自ら実証しているわけです。成果のない方法を継続することは明らかに不適切です。成果がないばかりか、忘れ物のために学習効率が低下して勉強に遅れ出したり、繰り返しダメ出しを受けることから負の感情が高まりより一層暴言が増えたりすることがあります。
忘れ物や無くし物が多い子供では、取り敢えず物を忘れたり無くしたりしても困らないように支援し、能力に見合った学習が進むように取り計らえば良いと思います。そのようにすることで何もかも自信をなくしていくことを防ぐことができます。そして、忘れ物や無くし物を減らすために、その子供にもできる具体的な方法を一緒に考えてあげれば良いのです。忘れ物をするたびにお説教し授業に参加できない状態を長期に続けるよりもよほど素晴らしい「将来」を保証することができると思います。何かといえば口を荒らす子であれば、少々失敬な物言いや無作法な台詞を口にしても耳に入っていないふりをしながら、そこそこ普通に話している時に言葉遣いがよくなっていることを繰り返し褒める方が、より効果が上がります。私は「このままでは将来困るから」という言葉自体を批判しているのではありません。この台詞を言い訳にして子供への一向に成果が上がらない接し方にこだわり、新しい指導の工夫をしないことに情けない思いを抱くのです。
「このままでは将来困るから」、明るい将来を実現するための作戦を練ろうと考えることがごく自然で合理的な発想ではないかと思います。しかし、現実には「このままでは将来困るから」、このままの状態を維持し続けようとされる先生の話を耳にすることが結構多いのです。世の中には、論理的に考えれば無益な方向に進んでいても、今までの自分のやり方を変えることにひどく抵抗を感じる方が多いのでしょうか。どうも不思議です。しかも、自分のやり方を変えられない先生が目指していることが子供の振る舞い方を変えることなのですから、なんだか悪い冗談を聞かされているような気がしてきます。
ひょっとしたら、このタイプの先生方は行動や認知の特性が日常生活の困難に繋がっている発達障害というものを理解することがどうしてもできないのかもしれません。目の悪い子供に自分の力で遠くを見なさいと説教しても無駄であり、眼鏡をかけさせる必要があります。これと全く同じで、不注意の強い子供に自分の意思で忘れ物をしないことを求めたり、衝動性の強い子供に自らの努力のみで口を荒らさないことを求めたりすることはナンセンスです。自分の意思や努力ではどうにもならない困難さで生活に支障をきたしているのだから「障害」なのです。しかし、「このままでは将来困るから」手伝わないと主張する先生方にはこのような子供たちの苦しみが見えず、単なる心がけの問題としか思えないのかもしれません。そうだとすれば、悲しいことです。