本節ではDSM-5-TR[1]に記載された自閉スペクトラム症診断基準のA項、すなわち「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥」について説明します。A項では広い意味での人とのやりとりに見られる問題を扱っています。子供の行動を実際に観察するときに、(1)から(3)のどれに当てはまるかを判断することは難しいことが多いです。そのような時は行動を杓子定規に下位項目のどれかに無理に分類するよりも、複数の項目に該当すると考えた方が良いのではないかと思います。診断することが目的ではなく、子供の行動の特徴を把握することが目的ですから、気楽に考えましょう。
『(1) 相互の対人的‐情緒的関係の欠落で,例えば,対人的に異常な近づき方や通常の会話のやり取りのできないことといったものから,興味,情動,または感情を共有することの少なさ,社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ.』
相互の対人的-情緒的関係の欠落とは、他者とかかわり考えや感情を共有する能力の問題を意味します。見た目にはかなり異なった状態が当てはまります。他者への関心を欠き、ほとんど関わろうとしない子供がいます。人への関心はあるし人からの関わりを拒絶することもありませんが、自分からは積極的に人に関わろうとしない子供もいます。また、一見社交的にさえ見えるのですが、相手の心情にお構いなしに一方的に関わろうとし相手との距離が近くなりやすい子供もいます。これらの全く見かけの違う行動がすべて(1)に該当します。また、人の体を道具のように使おうとすることや(クレーン現象)、自分がしている活動に手助けが必要なときにだけ人に関わろうとすることも(1)に該当する振る舞いです。
自閉スペクトラム症と診断される子供達では言葉の遅れによって問題に初めて気付かれる例は多いです。しかし、言葉の遅れ自体は自閉スペクトラム症の特徴ではありません。(1)に該当する言葉や会話の特徴があります。例えば、自分から話題を振ることが少なく自発的に話しかけるときは要求や質問などの事務的用件が中心の場合があります。他者からの声掛けへの反応が乏しいことや、他者との会話が続きにくいこともよくあります。逆に、とてもよく喋るのですが相手の反応にお構い無しに一方的に話すことが目立つ場合もあります。話にまとまりがなく話題がどんどん拡散することや急に変わることが多く、質問に対して関係ないことを返事するなど話が噛み合いにくいことも多いです。それなりに会話が成立していても、相手の言葉の裏の気持ちに気付いていないことがよくあります。相手や状況に応じて話し方や態度を変えることが難しいです。例えば、友達には許されるような無作法な物言いを目上の人にしてしまう人や、逆に友達に対しても敬語を使って過剰に丁寧に喋る人もいます。他者の会話に途中から参加することが難しいことも多いです。入るタイミングを掴めず、入って来れない場合もありますし、それまで話されていた会話内容と関係のない話題で強引に入ろうとしたりもします。
他の人と興味や情動を共有できないことも(1)に該当します。例えば、友達とハイタッチしながら一緒に喜んだり、相手と頷き合いながら不平不満を口にしたりするような、他者と同調しながら感情表現をすることが少ないです。
『(2) 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥,例えば,統合の悪い言語的と非言語的コミュニケーションから,視線を合わせることとと身振りの異常,または身振りの理解やその使用の欠陥,顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥に及ぶ.』
非言語的コミュニケーションの問題に該当する有名な特徴は、視線が合いにくいことです。昔から自閉症の子供は目が合わないということが強調されがちですが、目が合う自閉スペクトラム症児も珍しくありません。前節でも述べましたが、一つの特徴の有無だけで判断しないようにしましょう。表情の乏しさについては、怒りや喜びの表情を全く示さないことはほとんどありませんが、状況に応じたこまめな表情変化に乏しく微妙なニュアンスを示すことが難しいことは多いです。また、他者に何かを伝えるために表情やジェスチャーを用いることが少ないです。話している言葉の内容やその場の状況にそぐわない表情をしているため奇妙な印象を与えることもあります。他者の表情や身振りの理解でも、単純な怒りや喜びの表現さえわからない子供は少ないです。特に、親や教師が怒っている表情に気づかないことは稀です。その一方で、微妙な表現を読み取れていないことは多いです。また、相手に注意を払っているときはある程度他者の表情や身振りの意味に気がつけても、他者の様子に関心を示さないために人の感情に気づきにくいこともよくあります。
同じ対象に他者と一緒に注目する行動を共同注意行動といいます。共同注意行動の乏しさも(2)に該当します。自分が興味を持ったものを人にも示そうすることの少なさや、幼児では指差しすることの乏しさが見られやすいです。人の指差しや視線を追うことが下手なことも多いです。幼児期後半から学童期でも自分が描いたものや作ったものを家族に見せようとすることは多くの子供に共通して見られますが、自閉スペクトラム症を伴う子供では自分一人で楽しみ人に示すことなく終わることがよくあります。
自閉スペクトラム症の子供が話すとき、韻律(prosody;音程、抑揚、速さ、リズム、あるいはアクセント)が奇妙なことがしばしばあります。早口で抑揚が平板なことが典型的です。平叙文を話す時に疑問文のように語尾を挙げることもしばしばあります。逆に、成人では堂々として、大きく抑揚をつけた芝居がかった話し方をする人もときにいます。
私の個人的印象ですが、保護者は長年生活を共にしているためか、非言語的コミュニケーション行動の特徴に気づきにくいようです。保育者や教師の皆さんは集団の中での本人の行動を客観的立場から見ているので、気付ける特徴は多いのではないでしょうか。
『(3) 人間関係を発展させ,維持し,それを理解することの欠陥で,例えば,さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから,想像遊びを他者と一緒にしたり友人を作ることの困難さ,または仲間に対する興味の欠如に及ぶ.』
人間関係を発展させ維持しそれを理解することの欠陥とは、学校園では主に他の子供への関心が欠けているか乏しい様、あるいは通常とはずれた交友の仕方を意味します。一般に、年齢が低いほど交友関係を築くことに無関心であることが多く、就学後は学年が上がるほど交友関係に関心を示しますがその試みがうまくいかないことが多いです。平均的な子供が同年代の子供に関心を示し始めるのは1、2歳くらいですが、自閉スペクトラム症を伴う子供では程度が軽くても3、4歳になって初めて他の子供に興味を示しだすことはよくあります。同年代の子供よりもずっと年上の子供や大人との方がうまく付き合えることや、専ら年下の子供と遊びたがることがよくあります。小学生になっても他の子供への興味が乏しい子供はよくいますが、その一方で、学年が上がるにつれて他の子供に強い興味を示し一方的に関わろうとすることもよく見られる振る舞いです。
集団の場で常に孤立している例もありますが、そこまで際立った状態の子供はそれほど多くありません。ほとんどの子供は遅かれ早かれ幼児期のうちに他の子供と遊ぶようになります。ただ、友達と一緒に遊んでいるように見えてもただついて回りそばにいるだけの場合があります。また、ごく軽度の障害では短期的には一緒に遊べていても相手が誰でもかまわないように見え、次々別の子供と遊ぶため、親密な友達ができないことがあります。また、幼児期には一見普通の友達づきあいができているのですが、小学校に入学し学年が上がるにつれ交友関係の問題が明確になることもあります。
一人遊びが多いということは非常によく見られる現象です。ただ、積極的に一人を好み人が関わってくることを嫌っている場合と、他の子供に興味はあるもののどう関われば良いのかわからず結果として一人で過ごしていることが多い場合があります。また、一対一など少人数なら結構遊べますが、集団での遊びが苦手な子供も多いです。
一方的な思い込みの「友達」がいることがあります。単に話しかけてもらえることがあるというだけで、友人と思い込むことがありますし、相手に利用されているだけのこともありますし(例:お小遣いが手に入るとすぐに同級生におごってしまうので、そのときには一緒にいてくれる)、いじめられている場合さえあります。
集団の中で場の雰囲気や空気が読めていないことがよくあります。そのためみんなが悲しそうにしているときにはしゃいでいたり、みんなが盛り上がっているときにそっぽを向いていたりします。遊びの中で周りの子供達が何を望んでいるのかピンとこず、自分が考えるルールややり方を強引に主張しすぎることも珍しくありません。
これは小学校高学年以降に目立ちやすいのですが、言葉を字義通りに理解する傾向が強く冗談を真に受けることや比喩や皮肉がわからないことが多いです。ただし、定型発達児でも小学校低学年くらいまでは皮肉を理解することは難しいです。余談ですが、私は自閉スペクトラム症が疑われる子供の保護者から診断基準に沿った聞き取りをする際に、「冗談を真に受けやすいとか冗談が通じないという印象がありますか?」と尋ねると、「冗談を言ったことがないから」と戸惑う親御さんをよく目にします。若い頃はこの言葉が信じられませんでした。なにしろ、私の両親は関西人で、話題に詰まればとりあえず冗談を言うような人達でした。だから、冗談を言ったことがない人がこの世にいるとは信じられなかったのです。でも、あまりにも多くの親御さんが同様のことをおっしゃるので、あまり冗談を言わない人は多いのだなとだいぶ歳を食ってから認識するようになりました。相手や状況に応じて言葉遣いや態度を使い分けることが難しいことも多いです。目上の人に友達のような話し方をしたり、逆に同級生に敬語で話したりします。
A項は社会性の問題を表しています。しかし、対人関係で失敗しがちであることを全て自閉スペクトラム症の特徴と解釈しないように注意してください。自閉スペクトラム症の社会性の問題は人の気持ちを直感的に読めていないことや、積極的に人に関わろうとせず人からの関わりに応じにくいことから生じます。積極的な悪意や衝動性によってもたらされる対人関係の問題は自閉スペクトラム症の本質ではありません。
参考書:
[1]APA、日本精神神経学会、他「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院
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