2026年4月25日土曜日

読字の問題

  この項では基本的な読字能力がどの程度習得できているかについてのアセスメント方法を説明します。最初に強調したいことがあります。それは、「本を読めない子供は文字が読める」ということです。文字を読むことが非常に難しい人のために医学が用意した診断名に発達性読字障害(ディスレクシア)というものがあります。限局性学習症(「学力の特異的発達障害」または「学習障害」ともいう)と呼ばれる概念の中に含まれます。厳密な評価を経て発達性読字障害と診断された人でも、その多くは文字が読めます。中には、ほとんど読めない人がいないではないのですが、それはむしろ珍しい状態です。特に、日本語の仮名文字はアルファベットに比べて文字と音との対応が単純なので、相当読字の下手な人でも仮名文字は一応読めるようになりやすいのです。診断されるレベルの人でさえ読めるのですから、診断されるほどではないけれども文字を読むことが難しい人達(とても多い)は文字が読めます。

 発達性読字障害を含めて文字を読むことが苦手な人達のほとんどは、文字が読めないのではなく読むことにひどく努力が必要なのです。そのような状態では、とりあえず文字を読めても文章の内容が理解しにくくなります。外から見ると、読解力が弱い状態に見えます。しかし、読字能力が低いために文章の内容の理解が難しくなっている子供では、読んで聞かせるとよく理解できます。算数の文章題が極端に苦手な子供の一部は読字能力が低い子達が占めています。このような場合、問題を読んであげれば正解を出すことができます。なんとか内容を理解できる人でも、文字を読むことに苦痛を感じ本嫌いになります。文字はほとんどの学習のベースになっています。したがって、文字を読むことの苦手な人は広く学習することが難しくなります。文字は一応読めているから大丈夫だろうと軽く考えていると、大きな落とし穴が待っていることになります。文字を読むことが下手な子供たちを早く見つけ適切な指導を講じることは、1人の子供の将来を大きく救うことになりますし、子供達全体の学力レベルを改善することにもつながるのではないかと思います。

 読字能力の習得の段階を簡単に説明すると、まず、多くは4歳頃までに文字に興味を持ち、何か言葉を表しているのだという文字の意味に気づくようになります。並行して、言葉が音の単位(音節、母音、子音など)の組み合わせでできていることを認識するようになります。ついで、文字と音との対応関係を習得します。これには二つの段階があります。多くの子供は5歳過ぎから就学頃までに文字と音の変換ルールが定着します。「か」を見れば/ka/と読むことがわかるということです。さらに、8歳頃にかけて文字-音変換の自動化が進むとともに複雑な読み(拗音や促音など)のルールが定着していきます。変換の自動化とは、文字を見たときに全く努力せずに反射的に音が浮かぶようになることです。一通りの変換ルールが定着した8、9歳以降は、1文字ずつ認識するのではなく、語彙単位で読む力(まとまり読み)が伸びていきます。一般的な年齢の目安を書いていますが、これには個人差がかなりあります。もちろん、平仮名が読めるようになることに並行して片仮名の学習や漢字の学習へと広がっていきます。以上のプロセスの中で特に見過ごされやすいのが平仮名読字の自動化が不十分な状態です。このようなレベルでは、一見読めているのですが読むことに努力を要します。そのため、書いてある内容を素早く理解できませんし、文字を読むこと、ひいては書くことが非常に苦痛になります。本節では、文字と音との対応が成立しているかどうかと、平仮名読字の自動化ができているかどうかの段階に絞ったアセスメントについて説明します。

 現在、日本の医療機関で発達性読字障害を念頭に置いた日本語読字能力の評価としてよく用いられている読字能力の評価方法には2種類あります。参考文献の[1]と[2]をご参照ください。いずれもそれほど特殊な技術を要する評価法ではありませんので、学校でも取り入れることはできるとおもおいます。興味のある方は目を通されることをお勧めします。ここでは教科書の音読と平仮名一音表記を印刷したフラッシュカードを用いた評価方法を説明します。

 読字能力評価としてまず確認することは、文章の音読です。教科書の音読なら、授業の中で観察できますので効率が良いと思います。ただ、何度も練習した文章は参考になりません。文章を暗記している可能性があります。初めて目にした文章の読み方を確認することが重要です。学年相当の漢字を読めるかどうかも注目点ですが、それ以前の問題として平仮名読字能力が十分かどうかに注目しましょう。もちろん、読めない平仮名表記があれば間違いなく読字の困難さがあります。そこまでのレベルではない場合に注目すべきことは読みの流暢性です。速く滑らかに読めるかどうかということです。非流暢な読み方で最も典型的なものは、一文字ずつ切って読む逐字読みです。逐字読みほどひどくなくても、単語や文節の途中で区切ってしまうことが多ければそれも非流暢な読み方といえます。非流暢な人は読みのスピードが遅いです。かなりスムーズに読んでいてもスピードが遅いです。流暢性と共に読み誤りの多さにも注目する必要があります。拗音の読み誤り(例:「きゃ」を「きや」と読む)は多いです。文末の読み誤り(例:「作りました」を「作った」と読む)や行飛ばしなどもしばしば見られます。読みの速さと読み誤りの数は反比例します。非流暢な子供が無理して速く読めば、読み誤りが増加します。教科書を1〜2ページ読んでもらうだけで、読字が困難かどうかは大体検討がつきます。


 教科書の音読で読字の困難さが見られたら、平仮名一音表記を印刷したフラッシュカードを用いてより詳細な評価をします。ここで用いるフラッシュカードは小枝達也先生と関あゆみ先生が開発した「T式ひらがな音読支援」[3]の第一段階(解読指導)で使われる物を流用しています。なぜこのフラッシュカードを用いるかというと、単にアセスメントするということだけではなく、アセスメントからそのまま支援に繋げることができるからです。さらに、非常に簡単に取り組めることも利点です。用意するものは、平仮名一音表記を印刷したカードです。平仮名の一音表記は図1に示したように、清音と撥音46文字、濁音と半濁音25文字、拗音・濁拗音・半濁拗音33種類の計104種類です。それぞれの表記を一つずつカードに印刷します。同僚の心理士のアイデアで、私の勤務先ではポケモンカードの大きさにしています。そうすれば、100円ショップで売っているポケモンカード用のスリーブに入れて使えるので、いちいちパウチするより簡単です(図2)。まず、T式ひらがな音読支援の第一段階、解読指導について説明します。できるだけ速く読むように指示してからカードをランダムに見せ、瞬時に読めるカード(A)、読むまでに間が開くまたは読み間違えてすぐに修正したカード(B)、読めないまたは読み間違えるカード(C)に分けていきます。読めないまたは読み間違えるときは考えさせたりせずにすぐに正解を聞かせます。一通り終わったら、BとCのカードだけをまとめてまた読ませます。これを2、3回繰り返すことを毎日実行すれば、多くの子どもは3週間程度で一音表記をかなりスムーズに読み始めます。このカードを読字のアセスメントに用いれば、評価にとどまることなく継ぎ目なく支援に移行できます。なお、読めているのにAとBに分けられることを気にして怒り出す子がしばしばいます。そのため、私の勤務しているクリニックではA、B、Cの3種類ではなく、読めるか読めないかの2種類に分類しています。もちろん、瞬時に読めるかどうかは重要です。ただ、私達は一通り読めるようになるとその後はタイムトライアルに変えて速さを目標にして練習を続けるようにしています。そのため、すべての文字がきっちり読めない段階では速さをそれほど気にしなくても良いと考えています。

 このフラッシュカードを読字能力のアセスメントとして用いる場合は、104枚のカードをランダムに見せて、子供が読めるかどうかを一枚ずつ確認します。教科書がかろうじて読める子供でも、フラッシュカードで一つずつ確認されると読み誤ることが多いです。特に拗音は、文章を読むときには一見読めていても一つずつ見せられると読み誤ったり読めなかったりすることが多いです。教科書の音読がなんとかできている子供では清音を読み誤ることは少ないと思いますが、「め」と「ぬ」や「わ」と「ね」など形の似た文字を読み誤ることがしばしばあります。1年生の1学期や2学期に評価するときは、104枚を一気に見せるのではなく、まずは清音と撥音のみで評価し、全て読める子供にのみ濁音半濁音や拗音のカードを見せるようにした方が嫌な気持ちにさせることがなくて良いかもしれません。一通り間違いなく読める子供では、あらためてできるだけすぐに読むように指示した上で、104枚のカードをリズムよく見せていき、全て読み終えるまでに何秒かかるかを計測します。私達は一応の合格ラインを1分30秒程度に設定しています。さらに10から20秒程度速ければ、平仮名一音表記読字の自動化は十分にできていると考えます。なお、大人なら余裕で1分を切ります。ただし、この方法は、カードを見せる側の熟達度に結果が左右されますので、あまり厳密な評価方法ではないことに注意してください。評価者側の熟達度に関係なく客観的で正確な評価をする必要があるなら、参考書[1]から[3]に記載されている評価方法を参考にしてください。このフラッシュカードを用いた方法は、T式ひらがな音読支援第1段階(解読指導)にスムーズに移行できることがメリットです。

 さて、以上の評価で読めないあるいは読み誤るカードがあるときは、時を無駄にせずにT式ひらがな音読支援の第一段階、解読指導に移行しましょう。すべてのカードを一通り読めていても、104枚全て読むのにかかる時間を測って1分30秒を切れない場合も解読指導を行うことをお薦めします。その際の注意点を記しておきます。清音でさえ読めない文字が多い子供では濁音や拗音は後日に回して、とりあえず清音カードだけで解読指導を始めた方が無難です。何しろ、文字を読むことが苦手な子供は、難しい文字を読まされると一気に意欲が失せたりします。この、T式ひらがな音読支援の解読指導はすることが単純なので実行するのに技術的な難しさはあまりありません。ポイントは、いかに子供に嫌がらせることなく根気よく取り組ませ続けられるか、というところにあります。そのため、読めないカードがとても多い状態では始めない方が良いのです。第2段階まで含めたT式ひらがな音読支援の詳細については参考書[3]を読んでください。一冊3,850円です。個人で購入しても大した額ではありませんし、小学校には必ず購入しておくべき書籍だと思います。この本には、もっと厳密な読字能力の測定法も記載されています。


参考書:

[1] 稲垣真澄(編集代表)、特異的発達障害の臨床診断と治療指針作成に関する研究チーム(編集)「特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン―わかりやすい診断手順と支援の実際―」診断と治療社、4,180円

[2] 宇野 彰「標準読み書きスクリーニング検査: 正確性と流暢性の評価」インテルナ出版、2,860円

[3] 小枝達也、関 あゆみ「T式ひらがな音読支援の理論と実践ーディスレクシアから読みの苦手な子まで」中山書店


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