2025年12月11日木曜日

診断書を書いてもらってください

  教師や保育者の皆さんが子供の指導に梃子摺ったり困ったりしている時に医療機関受診を促す流れで、しばしば先生から保護者に「診断書を書いてもらってください」という言葉が発せられます。さて、診断書を何に使うのでしょうか。明確な使い道はあります。加配の保育士や、小学校であれば支援員を配置する際に診断書は役に立ちます。公的支援制度の利用には診断書が必要になることは多いからです。ただ、公的制度の利用を想定していない時でも、しばしば診断書が必要とおっしゃる先生がいらっしゃいます。診断書までは求めなくても、「診断してもらってください」「診断が必要です」とおっしゃる先生はとても多いです。保護者があまり気乗りしない時には頼み込み、あるいは脅すようにして医療機関を受診させようとする先生もしばしばいらっしゃいます。

 保育士や教師たちは一体どういう理由で診断を求めるのでしょうか。繰り返し考えている疑問なのですが、僕にはよくわかりません。発達障害やそれに関連する障害病型のほとんどは、平均的な子供からずれた行動や認知の傾向が主たる特徴(発達特性)です。例えば、自閉スペクトラム症なら交友関係や会話など人とのやり取りがスムーズにいかない社会性の問題と、興味や関心が限られたものに集中しがちで繰り返し行動が多く環境の変化に抵抗する傾向が特徴です。注意欠如多動症なら不注意さと、多動と衝動性が主たる特徴となります。いずれの場合も振る舞い方や物事の認識の仕方が平均的な人からずれているがために色々な失敗をし、困難に遭遇しています。このような特徴はCTを撮ったり内視鏡検査を行ったりして初めて明確になるものではありません。日常生活の中での本人の振る舞い方を見ればわかります。自閉スペクトラム症や注意欠如多動症という診断名はそのような特徴があることを示しているに過ぎません。保育者や教師の先生こそが、医師よりもよほど子供たちの特徴を把握できる立場におられます。もしも教師や保育者がそのような診断概念を熟知されているのであれば、闇雲に医療機関受診を勧めるまでもなく自分で日々の子供の様子を見ていればご自分たちで判断できることです。逆に診断名が持つ意味を具体的に把握できていないのなら、単に診断書を用意され診断名を告げられても日々の指導に活かせることはないでしょう。

 ある診断名がついたとしても個人差がかなりあります。特定の診断の基本的特徴ではないものの、伴いやすい様々な症状や障害もあります。基本的な診断概念についてはよく知っているのではあるが、子供ごとの様々なバリエーションについてどう理解すれば良いのかを専門的に診療している医師に問うてみたいと考え、できれば受診してほしいと保護者に提案する先生も中にはいらっしゃるかもしれません。しかし、私個人の経験では、一旦診断がついた後も診断に関連する様々な疑問について問い合わせてくる保育者や教師に出会うことはほとんどありません。となると、診断されることに一体何を期待しているのでしょうか。

 ひょっとしたら、と思うことが一つあります。保護者に、「あなたの子供には問題がある」ということを納得させたい、言い方が悪いですが、医師から引導を渡してもらいたいという気持ちがあるのかもしれません。医師が診断することによって保護者が子供に問題があることを受け入れるのではないか、そういう期待を医療に抱いているのではないか。ただ、もしそうだとするならば、考え直していただく必要があります。単に子供に問題があることを親に納得させるためだけに受診させることは、いろいろな理由から好ましいことではありません。まず、多くの親御さんは子供に楽しく有意義に登校、登園してほしいと願っています。きちんと説明すれば子供の学校園での生活に支障が出ていることは理解しますし、問題を解決したいと願います。もし親御さんが子供の生活に支障が出ていることを受け入れられないのなら、まずは問題の伝え方が悪かった可能性を考えなければいけません。

 子供の、学校園で生じている問題を保護者に伝える際に留意したほうが良いことがあります。まず、善悪の問題にするのではなく、子供自身が困っているという観点で説明すべきです。困っている子供を何とか支えたいという文脈で伝えるのです。また、子供がうまくできていることとか頑張っていることを併せて伝えるべきです。決して何もかもが問題なわけではなく、むしろうまくいっていることが多いことを説明すべきです。そして、先生なりの子供を援助するプランを合わせて説明すると良いと思います。成功を保証する必要はありません。うまくいくかどうか不確かでも、次に実行できる対策があると知るだけで保護者は受け止めやすくなります。保護者に解決を求めないということも大切です。学校園で生じている問題を保護者が解決することはまずできません。せいぜい学校園で頑張っていることを褒めてあげるとか、ポイント制度などを用いる時に学校園では用意できない特典を家庭で用意してもらうとか、ごくささやかなことしか保護者には協力できません。たまに、「お家でもしっかり言って聞かせてくださいね」などと保護者に伝える先生がいるのですが、言われたことを真面目に頑張ろうとする保護者ほど結果は悲惨なことになりがちです。

 学校園で問題が生じているということをどうしても受け入れられない保護者もいることはいます。しかし、医師の診断で問題の存在を納得させたとして、教師や保育者の業務にどの程度のメリットがあるのでしょうか。学校で生じている問題は保護者に解決できるものはほとんどありません。保護者が問題を受け入れたとしても、結局は先生たちが自力で解決しなければいけないことがほとんどです。保護者との関係性を不安定にするリスクを押してまで病院で診断を受けさせるメリットなどありません。さらに考慮すべき観点があります。それは「診断」の持つ暴力性です。私たち医師にとっては、診断は医学的に明確に定義された概念にしか過ぎません。しかし、一般の方は診断にそれぞれ個人的なイメージを抱いており、それは必ずしも明るいものではないのです。受け入れる準備ができていない人に無理やり診断を押し付けることが大きな心の傷につながる可能性を教師や保育者なら十分認識しておく必要があります。

 最後に、医療費のことに言及しておきます。発達障害に関連した状態での診断評価をする場合、仮に小児科で受診2、3回かけて評価するとして、発達および認知機能検査、小児特定疾患カウンセリング料、診断書料など合わせて少なくとも2、3万円以上かかります。子供に医療費補助制度がある自治体が多いからと軽く考えるべきではありません。国の予算を医療費が圧迫している現在、単に親に問題を受け入れさせるためだけに受診させるようなことが許されるとは思いません。学校園での問題を適切に保護者に伝えることは、教師や保育者の務めだと考えるべきでしょう。


「先生、お言葉を返すようで恐縮ですが」:目次

 


0 件のコメント:

コメントを投稿