2024年6月17日月曜日

発達障害診療の道しるべ

 2024年7月に書籍を出版することになりました。

荻野竜也「発達障害診療の道しるべ」南山堂 (2024/7/23) ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4525382711

本来は、なれない発達障害診療に取り組み出した小児科医の参考になればという趣旨で執筆したものです。ただ、全編にわたり保護者や支援者にどう説明し何を助言するかを考えられるようになることを目指していますので、支援者の方々に読んでいただいても参考になるのではないかと思います。以下に、本書の序文をお示しします。

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「はじめに」


 1999年の6月,教授からの指示により私は岡山大学病院小児神経科で発達障害の専門外来を始めました.これは実に無謀な試みとしかいえません.なぜなら,私は発達障害の診療に関する系統的なトレーニングを受けたことがなかったからです.それまでは,てんかんや脳性麻痺などの神経疾患を専門にするという特殊性はありましたが,身体や臓器の疾患を対象とするという意味で一般の小児科医と変わりのない仕事をしてきました.子供の日常生活における行動や精神の問題に取り組むということはほとんどなかったのです.周りには発達障害の診療に専念している人はいません.頼りになるのは書籍や論文だけという状況の中で,ほとんど半泣きのような状態で診療を開始したのです.尾籠な話で申し訳ないのですが,最初の1,2年間は発達障害の専門外来がある日は,必ずといってよいほど朝から下痢をしていました.その当時,最も頼りにした書籍はローナ・ウィング先生の「自閉症スペクトル 親と専門家のためのガイドブック(東京書籍)」でした.まず最初にウィング先生のまとまった記述に出会えたことは幸運だったと思います.

 冷や汗を流しながら発達障害の専門外来を開始してからいつの間にか四半世紀が経ってしまいました.その間,私の状況はあまり変わっていません.相変わらず文献と学会やSNSで触れる正統派のエキスパートである先生方の発言,そして受診する子供たちやその保護者からのフィードバックを師匠とし,日々手探りで診療を続けています.最初から発達障害や関連する状況の診療に通じた児童精神科医などの専門家の指導を受けていればスムーズに身につけられたであろうことも,方々で頭をぶつけながら紆余曲折の末に何とか知ることができれば幸運と感じる現状です.

 世間を見れば発達障害が人々の話題になることがずいぶん増えています.また,国や地方行政の課題として取り上げられることも多いです.しかし,発達障害を対象として診療する医師は需要に対して驚くほどに少数です.このような状況では好むと好まざるとにかかわらず発達障害児を対象とする診療を始めざるを得ない小児科医は多いのではないかと想像します.教科書的な書物を読めば,ある程度の知識は身につきます.でも,専門家がそろっている施設で働いているのでなければ,本に書かれた知識と実際に目の前にいる子供とを結びつけるときに迷うことが多いのではないでしょうか.診断基準を読んでも,それを現実の子供のエピソードに当てはめるときにどのような考え方をすれば良いのか,保護者の悩みを聞いたときにどのような助言をすれば良いのか,なかなか機械的に判断できるものではありません.この本は,そのような状況に至った小児科医を念頭に書いたものです.

 この本の内容は,私の悪戦苦闘の診療体験の過程で捻り出した考え方をまとめています.決してエキスパートの思考ではなく,素人がもがきながら作り上げた自己流の考え方です.そのようなものを世に出して良いのかという疑問はありますし,人がこれを読んでどの程度役に立つのか心許ない思いもあります.しかし,発達障害診療の中で遭遇するさまざまな疑問に,自分なりに納得できる説明をつけてきた結果ともいえます.似たような境遇の方には何がしかの参考になるのではないかと思います.

 この本では,発達障害の教科書的な解説はほとんどしていません.先にも述べましたように,臨床上疑問に思ったり困ったりしたことに自分なりの解釈を積み上げた結果を説明しています.そして,発達障害臨床の仕事の大半は聴いて喋ることです.患者と保護者の悩みや疑問をじっくりと聴きます.そして,問題を整理するために患者や保護者に質問するために喋りますし,状況を整理して説明するために喋ります.患者や家族が困っていることについてどう受け止めれば良いかとかどのような助言をすれば良いか,などひたすら聴き喋っています.この本では患者や家族,あるいはその支援者たちのために,しっかりと言葉を聴いたり喋ったりするにはどのように考えれば良いかということを強く意識しています.

 本書の構成を説明します.第1章では診療をする中で悩ましく感じるテーマについて記述しています.そもそも発達障害って何かという疑問から始まり,保護者の支援にはどのような原則が必要なのか,よくお目にかかる症状であってもその背景にはさまざまな状況が考えられることなどについて記述しています.第2章では実際に発達障害の病型を診断する際の具体的手順や考え方について説明しています.第3章では子供を評価し,診断した後にどのような助言をすれば良いかということについてのさまざまなヒントや考え方を記載しています.第4章では今日,明日の診療にすぐに役に立つわけではありませんが,長く診療していくうえで大切と思われることを説明しました.本書を読んでくださった方の日常の診療に,何らかの参考になることを心より願っています.


2024年7月

荻野竜也




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