DSM-IVからDSM5への改定で、子供の臨床に関連したもっとも大きな変化は広汎性発達障害が廃止され、変わって自閉スペクトラム症が設定されたことである。しかし、個人的には自閉スペクトラム症以上に強く印象に残ったことは精神遅滞から知的能力障害への変化であった。何が印象的であったかというと、DSM5では知的能力障害の定義にIQを使うことを放棄していることである。誤解のないように付け加えると、DSM5は決して標準化された知能検査が無意味と主張しているのではない。解説の中では知能検査の意義や解釈についてかなり言及しているし、知的能力障害の診断の目安がIQ 65〜75以下であることも説明している。しかし、診断基準自体では、知的能力障害の定義そのもの、あるいは重症度の判定にIQの数字は用いられていない。
DSM5では知的能力障害と診断するために、1)知的機能の欠陥がある、2)適応機能の欠陥がある、3)知的および適応の欠陥は発達期の間に発症する、という3つの条件を満たすことを要求している。1)を評価するための重要な情報として個別化、標準化された知能検査を取り上げているが、知的能力障害と判断するための具体的なIQは指定されていない。また、知能検査は臨床的評価と併せて考慮に入れることが求められている。つまり、知能検査結果は重要な情報であるが、あくまで参考情報の一つという扱いである。
上記のように知的機能の欠陥と並ぶ診断条件として適応機能の欠陥がある。これ自体はDSM-IVでも求められていた条件である。しかし、DSM5で大きく変化したのは、知的能力障害の重症度判定である。DSMーIVでは精神遅滞の重症度はIQによって定められていた。ところがDSM5の知的能力障害重症度は適応機能の程度によって定められている。適応機能は日常生活の3つの領域ごとに評価する。すなわち、言語や学習などを含む「概念領域」、対人関係や社会的判断を含む「社会的領域」、セルフケア、金銭管理や仕事の課題の調整などを含む「実用的領域」である。
DSM5に基づいて知的能力障害をきちんと診断し、その重症度を評価するためには、その子供の日常生活全体にわたる適応状態を詳細に評価する必要がある。知能検査の結果で機械的に結論を出すわけにはいかないのである。これはなるほど納得出来る。子供の知的障害の臨床に携わる、恐らくほとんどの人が気付いているのではないかと思うが、IQでは今ひとつ個人の生活状況をうまく予想できない。同じIQの子供でも、実際の生活がどの程度うまくいっているかどうかは個人個人で結構違う。「知能」がものを言いそうな学業での達成度でさえ、意外にIQでは予測できない。したがって、知能検査よりも現実の生活での具体的適応状況を評価した方が実態をよく把握できると言える。問題は、生活における適応状況をそれなりの客観性を持って評価することの難しさである。事細かに生活の状況を聞き取ることである程度適応状態を把握することはできるかもしれない。しかし、誰が評価しても、見落としなく全般的な評価をし、しかもその結果が年齢を考慮してどの程度の適応状況かを判断できることが望まれる。正にこういったニーズに打って付けのツールが、今年の10月に出版された。日本版Vineland-II適応行動尺度である。以下に、マニュアルを斜め読みして分かる範囲のことを紹介する。
日本版Vineland-II適応行動尺度は半構造化*1*された面接による適応度の評価法である。0歳0ヶ月から92歳11ヶ月までの対象者の評価が可能である。対象者の適応行動レベルを、コミュニケーション領域、日常生活スキル領域、社会性領域、運動スキル領域の4領域に分けて評価する。このうち、運動スキル領域は0歳~6歳及び50歳~92歳までの対象者のみで評価する。7歳~49歳の対象者では運動スキル領域以外の3領域を評価することになる。運動スキル領域以外の3領域は、上述の知的能力障害の重症度を決める適応機能の3つの領域それぞれに概ね対応している。これらの3または4領域の評価をした上で、適応行動総合点が算出される。
(*1* 2016/9/2訂正:「構造化」ではなく「半構造化」である)
(*1* 2016/9/2訂正:「構造化」ではなく「半構造化」である)
各領域は其々複数の下位領域から構成される。具体的に述べると、コミュニケーション領域は受容言語、表出言語、読み書きの3領域で構成される。日常生活スキル領域は身辺自立、家事、地域生活の3領域からなっている。社会性領域には3つの下位領域があり、対人関係、遊びと余暇、コーピングスキルである。運動スキル領域のみは下位領域が2つで、粗大運動と微細運動である。それぞれの下位領域ごとに20~54個の質問項目が用意されており、それぞれの領域ごとに年齢発達に応じた難易度の順に並べられており、適応行動のレベルを得点化できるようになっている。適応行動を評価するための総質問項目は385項目である。適応行動の評価とは別に、不適応行動領域の評価項目も用意されている。これは不適応行動指標と不適応行動重要事項の2つの下位領域から構成され、前者はさらに内在化問題と外在化問題の2種類の下位得点がある。
日本版Vineland-II適応行動尺度は1367人(米国の原版では3695人)のデータをもとに標準化されており、統計的な特性が厳密に検討されている。各下位領域得点は素点からv評価点が算出される。これは多くの心理検査の評価点と同様のものだが、平均点が15点で1標準偏差が3点に調整されている。知能検査などの評価点が平均10点であるのに、v評価点では平均が15点に設定されているのは、低い水準のパフォーマンスをより詳細に識別するためと説明されている。4種類の領域得点と適応行動総合点はWechsler知能検査などと同様に、平均が100、標準偏差が15に調整されている。不適応行動指標は下位尺度(内在化問題、外在化問題)と同様にv評価点が算出される。すべての得点は90%信頼区間(必要に応じて85%または95%も選択可能)を示すことが可能となっている。また、領域間、あるいは下位領域間の得点差の有意性も検討できる。
日本版Vineland-II適応行動尺度の施行にはWechsler知能検査並みの時間を要する。さらに、評価者になるためには、かなりのトレーニングが必要と思われる。したがって、どこでも誰でも気楽に施行できるような評価法ではない。しかし、個人個人が生活に即して発揮できる力を多方面から評価できるため、種々の場面での援助や療育の計画に資するところは大きそうである。知的能力障害を診断するだけでは本人や家族へのメリットはあまりない。障害を持つ子供たち(子供に限らないが)の生活を支えるつもりがあるのなら、知能検査と並行して是非とも行うべき評価ではないかと思う。今後様々な臨床例での知見が積み重ねられ、データの解釈や応用の範囲が広がることを願う。
最後に、全く個人的な感想を追加しておく。上記の通り、日本版Vineland-II適応行動尺度には不適応行動を評価する項目も含まれているが、評価の主体は適応度である。つまり、「何ができるのか」ということを評価する尺度である。障害のある子供達を評価するとき、得てして異常や欠陥に注目しがちである。しかし、彼らを支援するときにできないことや弱み以上に把握すべきことは、何ができるか、何が強みかということである。日本版Vineland-II適応行動尺度が臨床の場に広がる中で、そういう視点も広がるのではないかという気がする。
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