2014年9月10日水曜日

TV、ゲーム、インターネット

大学生の頃に喫茶店に設置されているインベーダーゲームが流行した。やたらのめり込んでいる人もいたが、僕にはあまり面白く感じられなかった。ニンテンドーからファミコンが販売されたのは大学を卒業した年で、僕は買わなかった。欲しいとも思わなかった。こんな具合に、僕は元々ゲームに良い感情は持っていない。20歳から10年余り、テレビの無い生活をしていたため、ビデオやその後のDVDにもあまり馴染みが無い。要するに、ゲームに対して好意は無いし、TV、DVDに対しても淡白なのである。それにも拘らず、子供がゲームをしたりTV・DVDを見ることについて目を吊り上げて非難する人がいると、素直に頷く気にはなれない。自分が、ゲームには興味が無くてもパソコンなど電子機器が好きだったことも理由かもしれない。しかし、最も大きな理由は、ゲームやTV・DVDを当然の様に非難する人達からその具体的根拠を聞いたことが無いからだと思う。「どうして?」という質問さえ不適切と言わんばかりに、当然のこととして主張する人が多いのである。
 7、8年くらい前だろうか、仕事の関係で知り合った(つまり、さほど親しかった訳ではない)心理学者に突然尋ねられたことがあった。「ゲームをすることをどう思いますか?」と。どう思いますかと尋ねられても、返事をする根拠が無い。「まあ、直感的にはあんまりやり過ぎると良くなさそうな気もしますが、良いも悪いも客観的な根拠を知らないので、何とも言えませんね。」と答えた。すると相手は俄然張り切り出し、怒りさえ滲ませながら、根拠があろうが無かろうが悪い可能性がある事は子供から切り離さないといけないでしょ、と捲し立て出した。こちらはあっけにとられながら、「悪い可能性」を強調する程の根拠を知らないから、とモゴモゴ言っていたのだが、その心理学者は全く聞く耳を持たない状態であった。別に心理学者だから変だった訳ではないだろう。小児科の同業者でも、ゲーム・ビデオで自閉症になると主張する人はいる。何が根拠かというとその人が出会った少数の事例の主観的経験だけである。
 さて、本当の所はどうなのだろう。最近、この問題に関連する3編の論文を読んだので、紹介する。たまたま出くわした論文を読んだだけなので、最新の研究を網羅するには程遠いのだが、それぞれしっかりした学術雑誌に掲載されているし内容もきちっとしているので、ある程度現状での研究動向を知る参考になると思う(それぞれの論文のURLと概要を文末に記載しておく)。まず、今年出版されたPrzybylskiの論文である[1]。これは10〜15歳の5000人余りの子供を対象にした研究である。ゲームをする時間と、問題行動や好ましい社会的行動(向社会的行動)の出現との関係を検討している。面白いことに、1時間以下の短時間ゲームをする子供は全くゲームをしない子供より向社会的行動出現率や生活への満足感が高く、内在的・外在的問題行動が少なかった。逆に、3時間を超えてゲームをする子ども達はゲームを全くしない子供と比較して向社会的行動と生活への満足度が低く、内在的・外在的問題行動が多かった。ただ、ゲームをする時間で向社会的行動や問題行動を説明できる割合は極めて僅かであった。単純に解釈すれば、ゲームは控えめにすれば良い効果があるし、し過ぎると悪い効果があるという結果である。
 Przybylskiの研究は非常に大勢の子供を対象としており、信頼性は高い。ただ、問題点もある。一つは、同一時点でのゲームの使用時間と行動評価の相関を検討していることである。上記の様に、短時間であれば行動面の良い傾向と、長時間であれば問題行動と相関していたとしても、ゲームをすることが原因で行動特徴が形成されるのか、元々行動特徴がそうであるからゲームの時間が決まるのか、因果関係がはっきりしない。例えば、長時間ゲームをするから行動の問題が増えるのか、日々の生活が上手く行っていないためにゲームに逃避するのか、この研究からは分からない。第二に、家庭の経済状況や親の学歴、本人の能力など、他にも行動に影響しそうな因子の検討がなされていないこともこの研究の弱点である。ただ、何れにしてもゲーム時間と行動特徴の相関は極僅かであり、よしんばゲームが問題行動の頻度を左右したとしても、その程度はしれている。
 2013年に出版されたParkesらの報告[2]は、なかなかの労作である。約11000人の子供を対象に、2年間の追跡調査を行っている。5歳の時点でTV・DVDと電子ゲームに費やした時間と、5歳から7歳にかけての行動特徴の変化との相関を検討している。電子機器の利用時間と行動特徴の評価時点をずらしてあるので、もし両者に相関が認められるならばTV・DVDやゲームを利用することが原因となる行動の変化という因果関係を想定しやすい。また、この研究では、母親およびその他の家族の特徴や本人の特性など、行動の問題に影響しそうな多くの要因を考慮に入れた分析を行っている。結果は、5歳時点でのゲーム利用時間は5歳から7歳にかけての問題行動の変化には全く影響しなかった。TV・DVDに関しては毎日3時間を超えて視聴していると7歳での攻撃行動の増加につながっている。しかし、その程度は極めて僅かである(10点満点の評価得点が0.13ポイント上昇)。
 最後に紹介するのは今年出版されたMillsによる総説である[3]。これはゲームやTVではなく、インターネット利用の思春期の若者の行動や認知能力への影響についての研究動向を記載している。現状では確固たる結論を出せる程の研究は揃っていないが、それでもある程度の知見は出ているようである。Millsはまず、思春期の脳の構造・機能の変化は遺伝の強い制御下にあり、環境から受ける影響は僅かであることを指摘している。そして、インターネット使用によって一般的には余暇活動や社会的活動への悪影響は少ないとする知見を紹介している。また、インターネットが個人の問題解決に新たな手段を提供する一方で、認知能力への影響は少ないことにも言及している。
 これらの文献から何が言えるだろうか。結論じみたことはほとんど何も言えない。ゲームにしてもインターネットにしても子供の発達に良いともいえないし悪いともいえない。ただし、仮に悪影響があったとしても、その程度は非常に小さいということは言えるのではないかと思う。世の中にはゲームやインターネットよりも子供の発達に強く影響するものがたくさんありそうだ。家庭の経済状況の子供への影響は様々な分野の研究で指摘されている。就学前教育の場や小中学校の指導者のスキルも大きいだろう。親の文化的興味のあり方なども影響がありそうである。また、子供に発達障害などの発達の偏りがある場合、如何に適切な支援を講じられるかは重要だろう。仮にゲームやインターネットに問題があっても、その影響は考慮すべき数多くのことの一部に過ぎない。
 今の世の中で、子供がゲームやTV・DVDを利用することを制限するのは、親にとっては大変なことである。子供との論争を制してゲームの時間を制限しても、それが実効を挙げているかどうか確認することは特に共働き家庭では困難だろう。苦労して実際にゲームやインターネットの利用時間を確実に削っても、それによって子供がばりばり勉強し出したり、親の好む文化的活動に勤しみ出すかと言えば、はなはだ怪しい。特に、建設的な活動を豊富に身につけていない子供のゲーム時間を削ったところで、空虚な時間が増して、イライラが募るのが関の山かもしれない。ゲームが子供同士の社会的つながりの一手段になっていることや、パソコンやインターネットの利用が将来の職業的スキルにもつながることを考えると、単純に使用を制限すると逆に問題が生じるかもしれない。そういったリスクを冒す程の価値があるのかと言えば、少なくとも今回紹介した文献から考える限りはどうも怪しい。メリットとデメリットを冷静に考えたとき、ゲームやネットを目の敵にするのではなく、少しでも建設的な活動を増やすことを促していく方が合理的なのではないかと思う。
 前述のMills [3]の論文には、文字に関するソクラテスの面白い発言が取り上げられている。ソクラテスは、文字を習得した者は記憶力を鍛錬しなくなり、書き留めることに頼る余りに物事を忘れやすくなる、と嘆いたそうである。全く何時の世も、新しいメディアに抵抗する人はいるもので、しかもそれが随分賢い人だったりもするのである。


参考文献、概要

[1] Przybylski AK.Electronic Gaming and Psychosocial Adjustment. Pediatrics. 2014 Sep;134(3):e716-22
http://pediatrics.aappublications.org/content/134/3/e716.long
http://pediatrics.aappublications.org/content/134/3/e716.full.pdf+html

電子ゲームが発達期の子供にどのように影響するかについては、負の影響も正の影響も種々報告されている。ただ、ほとんどの先行研究ではゲームの負の影響か正の影響の一方のみについて検証している。また、大学生など協力を得やすい対象を選んで検討しているという問題が有る。そのため、結論を無闇に一般化すべきではない。こういったことを考慮すると現状では電子ゲームが最終的にどのように影響するのかほとんど分かっていない。この研究では、low)一日に1時間以内のゲームをしている子供(およそ半数の子供)、moderate)1〜3時間程度している子供(およそ三分の一)、high)3時間を超えてしている子供(およそ10〜15%)の3群に分け、ゲームをしていない子供との比較を行なった。
対象:男子2436人、女子2463人(10歳〜15歳、平均12.51歳)。
評価項目:
(電子ゲームに取り組む時間)コンソール型のゲーム(恐らくゲーム専用機)とパソコンでのゲームに分けて、それぞれ1時間未満、1-3時間、4-6時間、7時間以上のいずれかを選択。
(内在的および外在的問題)
SDQ (Strengths and Difficulty Questionnaire)の下位尺度のうち、情緒尺度と仲間関係尺度の合計を内在的問題尺度とし、行為尺度と多動・不注意尺度の合計を外在的問題尺度とした。
※SDQについては文献[2]も参照
(向社会的行動)
SDQの向社会性尺度(共感的、援助的考えや行動を評価する)を用いた。
(生活の満足度)
学校生活、学業、外見、家族、友達の5つの領域における満足度を「完全に幸福」から「全く幸福ではない」までの7段階で評価させた。5領域の得点を平均した。
(分析方法)
low、moderate、high群それぞれをゲームを全くしていない子供(noplay)と比較した。比較方法は、群を説明変数とし、上記の評価項目をそれぞれ比説明変数として回帰分析を行なっている(年齢と性も説明変数に入れてその影響を除いている)。
結果:
コンソール型かパソコンかに関係なく、以下の結果が得られた。
短時間ゲームに取り組む群(low)はnoplayに比較して向社会的行動と生活の満足度が高く、内在的および外在的問題が低かった。長時間ゲームに取り組む子供達(high)はnoplayと比較してlowとは逆の違いが認められた。しかし、いずれの場合でも非説明変数の変動のうちゲーム時間で説明できるものは極めて小さかった(<1.6%)。moderateはいずれの評価項目でも差は認められなかった。

[2] Alison Parkes, Helen Sweeting, Daniel Wight, Marion Henderson. Do television and electronic games predict children’s psychosocial adjustment? Longitudinal research using the UK Millennium Cohort Study. Arch Dis Child. 2013 May;98(5):341-8
http://adc.bmj.com/content/early/2013/02/21/archdischild-2011-301508.full
http://adc.bmj.com/content/early/2013/02/21/archdischild-2011-301508.full.pdf+html

子供のTVや電子ゲームの使用時間と、注意能力や攻撃性あるいは向社会的行動との関連については様々な検討がなされているが、一定の見解がない。先行研究には様々な交絡要因(混乱要因)を考慮していないものが多い。この研究では5歳でのTVや電子ゲームの使用時間と、心理社会的適応の7歳にかけての変化を、様々な交絡要因を考慮に入れて検討した。
対象:生後9ヶ月から追跡されているMillennium Cohort Studyの対象18818人中、5歳と7歳で評価できた11014人の小児(女児5576人、男児5438人)
評価項目:
(心理社会的適応状態)5歳と7歳時点でSDQ (Strength and Difficulties Questionnaire)に母親が記入。情緒、仲間関係、行為、多動・不注意、向社会的行動の5つの下位尺度がそれぞれ0〜10点で評価される。最初の4尺度は得点が高い程問題が多く、向社会的行動は得点が高い程好ましい状態。
(画面視聴時間)5歳の時点での平日のTV/DVDと電子ゲームそれぞれの使用時間を、なし、1時間未満、1時間以上3時間未満、3時間以上5時間未満、5時間以上7時間未満、7時間以上の6段階で、母親によって評価した。
(その他の検討因子)以下の項目を検討に含めた。断りが無いものは子供が1歳時点でのデータ。母親の民族的背景、母親の学歴、調整済み世帯収入、母親の就労状況(5歳)、母親の身体的および精神的健康状態(SF-8 scale)、家族構成(5歳)、母子関係が暖かいか葛藤があるか(3歳)、親子での活動状況(5歳)、household chaos(5歳)、5歳時点での子供の特徴(認知機能、長期間続く疾患や障害、睡眠障害、身体活動、学校への負の態度)
(データ解析)SDQ下位尺度それぞれの5歳時点と7歳時点の差を従属変数とする多変量回帰分析
結果:
・5歳時点で、2/3がテレビを1時間以上3時間未満視聴し、15%は3時間以上視聴していた。テレビを見ない子供は2%未満であった。電子ゲームの使用時間はテレビと相関していたが、テレビよりも短く、3時間以上は3%のみであった。
・性別、7歳児点での月齢、5歳時点でのSDQ得点のみを制御して分析すると、TVもゲームも3時間以上使用していた場合はすべての問題得点が上昇し、向社会的行動は減少していた。1時間以上3時間未満では下位得点の種類によって変化するものとしないものがあった。
・上記に加えて、すべての経済的、家族、本人の特徴要因を制御して検討し直すと、TV/DVDを3時間以上の視聴をしていると7歳時点での行為得点が0.15ポイント上昇したのが唯一の変化であり、ゲームによるSDQ得点の変化はなかった。ゲーム使用時間を制御すると、TV/DVD視聴3時間以上での行為得点上昇は0.13ポイントとなった。
結論:TVの過剰な視聴は素行の問題をわずかに増加させるが、TVや電子ゲームの使用時間はそれ以外の心理社会的適応状態には影響しない。

[3] Mills KL. Effects of Internet use on the adolescent brain: despite popular claims, experimental evidence remains scarce. Trends Cogn Sci. 2014 Aug;18(8):385-7
http://www.cell.com/trends/cognitive-sciences/abstract/S1364-6613(14)00106-5?_returnURL=http%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS1364661314001065%3Fshowall%3Dtrue
http://www.cell.com/pb/assets/raw/journals/trends/cognitive-sciences/Mills.pdf

(インターネットが思春期の子供の脳や行動に影響しているのかどうかについての研究の現状をまとめた総説)

インターネットにより生徒の集中力低下や認知機能の変化を感じているという、中学校や高等学校の教師の声がある。これに科学的な根拠があるのかどうかをこの論文では検証する。

脳の感受性:
思春期の脳の変化は遺伝の強力な支配の下にあることが示されている。ネットなどの環境の影響による変化はわずかである。思春期は社会文化的な学びにとって重要な時期と考えられている。しかし、現在判明している知見では、インターネット活動は思春期の社会的発達を阻害しない。

インターネット利用と思春期の健康:
ネットにつながる時間は健康や満足につながる活動を減らしていない。最近の長期追跡的研究では、12−24歳の人々では中等度のネットの使用とスポーツやクラブなどへの参加は正の相関を示す。11−13歳での調査では、座ってモニターを使う活動は、余暇の身体活動を減らさないことが示されている。友人とのネットを通じたコミュニケーションは、社会的連帯を増加させる。

インターネット利用と認知:
大学生を対象とした研究では、将来必要となると思われる情報にアクセスした時、その具体的情報を忘れやすい一方でどこで探せば見つけられるかを覚えていることが示されている。ネットに接続することは、正しい情報を広めることで個人の問題解決を助けることが出来るが、その情報を自分のものにするための認知方略を広めることは出来ない。こういったことから、インターネットの認知への影響は微々たるものだが、特定の認知方略を強化する可能性はある。

インターネット嗜癖:
過剰なネット利用者を対象にした神経が贈研究は行われている。しかし、その結果を過剰利用者ではない大多数の思春期の青年(95.6%)には当てはめられない。現状では、行動、認知、安寧の程度と共に脳の評価と、インターネットの種々の活動との相関は検討されていない。この様な研究は一見可能とは思えない。しかし、他の領域での、環境の影響(例:音楽訓練の影響)を調べた研究の手法が参考になるかもしれない。

結論:
World Wide Web (WWW)が開発されてから25年経ち、我々相互影響の在り方や歴史が変化した。新しい世界を成功裏に導くためには新しい技能が求められる。そのことが神経構造にある程度反映されるだろう。しかし、現状ではインターネットの利用が脳の発達に深い影響を与えるという証拠も与えないという証拠も挙っていない。

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