2017年2月14日火曜日

宣言的記憶の発達

 人の記憶はどのくらいの時間情報を保持できるかで短期記憶と長期記憶に分けられる(厳密には短期記憶よりも保持期間の短い感覚記憶がある)。長期記憶は記憶内容を意識できる宣言的記憶と、意識できない非宣言的記憶に分けられる。そして、宣言的記憶には、世界の事実についての記憶である意味記憶と、自伝的出来事の記憶であるエピソード記憶が含まれる。言葉の意味を知っていたり、者の名前を知っていたり、何かの理論を知っているというような、いわゆる「知識」は意味記憶になる。これに対して、大学の受験の日には珍しく雪が結構降って辺りが白くなっていたなあとか、昨夜飲んだ味噌汁は少し辛かったなあというような、いつ、どこで、誰が、何を、という情報と強く結びついた記憶がエピソード記憶である。
 神経学の教科書に記述してある知識ではこういったことをさらっと書いてあるので、ふむふむ宣言的記憶は意味記憶とエピソード記憶に分かれるんだな、2つの違う種類の記憶があるんだ、と考えがちだ(少なくとも僕はそう理解していた)。しかし、記憶の発達研究の知見を見ると、意味記憶とエピソード記憶は結構関係が深い。
 発達の過程で最も早く確認できる記憶は視覚性再認記憶である。これは、目の前に提示されたものが過去に見たことがあると認識する記憶である。乳児には見慣れたものよりも新しい刺激を好む新奇選好という特性がある。これを利用して、過去に見たことがあるものと見たことのないものを同時に見せて、乳児がどちらを長く見るかを検証すれば、見たことがあると記憶しているかどうかを確認できる。一つのものを見なれさせた直後なら新生児でもどちらが目新しいかを判断できるし、生後3ヶ月児なら丸1日記憶が保たれる。
 乳児期早期には特定のものを知っているかどうかを判断するだけの単純な記憶であったものが、生後半年を過ぎると記憶の構成要素同士を関連づけることができるようになる。例えば特定の顔を記憶するときに、顔を提示された時の背景を結びつけて記憶できるようになる。複数の要素を関連づける機能は2歳にかけて次第に発達し、関連づけられる要素の数が増えるだけではなく、柔軟性を増していく。例えば、遅延模倣課題という手法を使った実験で判明したことにこのようなものがある。遅延模倣課題では、検査者が人形を使って演じた一連の動作を一定の遅延時間後に子供が模倣するかどうかを確かめる。生後半年過ぎの乳児でもこの課題で、連続した複数の動作を模倣することが可能である。しかし、実験者が動作を演じた時と記憶確認時で人形が異なっていると模倣できなくなる。ところが、1歳半を過ぎると違う人形を見せられても、検査者が演じた動作を模倣できるようになる。人形を使って演じる「動作」と、別の「人形」とを新たに関連づけることが可能となったのである。
 記憶の構成要素を柔軟に関連づけられるようになってくると、エピソード記憶が機能し始める。エピソード記憶は唯一の空間的時間的文脈の中で生じた出来事の記憶である。つまり、経験された文脈の詳細に関する記憶が必要となる。このような記憶を情報源記憶とも呼ぶ。エピソード記憶が機能するためには情報源記憶が必要である。情報源記憶は未熟ながらも3〜4歳の子供で確認でき、その後10歳を超えるまで発達し続けると考えられている。
 以上をまとめると、まず知っているものを初めて見るものから区別できるようになり、ついで記憶の構成要素同士を関連づけられるようになり、関連付けがより柔軟になってくる頃に情報源記憶が成立しエピソード記憶が機能しだす。様々な要素を柔軟に関連づけて記憶できるようになれば意味記憶を維持するには十分である。つまり、意味記憶がエピソード記憶より先に完成するのである。意味記憶とエピソード記憶はいずれも大脳の内側側頭葉、特に海馬体という部位の機能によって支えられていることが分かっている。共通した脳部位が担っていることと、出現順序およびその連続性を考慮すると、意味記憶はエピソード記憶のベースとなっている可能性が高い。
 僕は記憶力が弱い。記憶全般に問題があるので、僕の海馬体は安普請なのだろう。中でもエピソード記憶が極めて弱い。ついで機械的暗記が大変苦手である。その一方で、何らかの理屈や理論になったものは比較的覚えていることができる。これは何を意味しているのかよくわからないが、複雑に関連づけられたものはかろうじて覚えているということなのだろうか。最近、記憶の発達について調べる機会があった。記憶について勉強したからといって記憶が改善するわけではない。調べたこともすぐに忘れていくのだろう。せめて要点を文章にして残しておこう。それがこの文章を書いた動機である。時が過ぎて、記憶の発達について調べたということさえ忘れても、ささやかな爪痕が残っているのを目にすれば多少思うところがあるのではないかと期待して。

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